第6話
本当に思わぬことになるもの。
私は結婚は真実の意味ですぐに果たしたものの、思わぬ事態に頭を抱えていた。
自分が14歳の身空で妊娠して15歳で母になるとは思わなかった。
ストラスブールでのちょっとした(?)事件の後、ヴェルサイユ宮殿で私はルイ・オーギュストと無事に結婚式を挙げたのだが、周囲の貴婦人方、アデレード王女達からはドン引きされた態度で対応された。
例の生首を私が平然と眺めた件に尾ひれが付いて、処刑まで平然と見届けた、と私に関する噂が悪化していたからだ。
私がアデレード王女に挨拶しようとすると、アデレード王女は後ずさりされて逃げ腰になり、声を震わせて対応される有様で、何とも気の毒になった。
まさか私が生首を平然と眺めただけで、この時代にこれだけ怯えられるなんて。
元陸軍士官として戦場を経験して傭兵生活まで送り、戦場で無惨な状態になった遺体を見慣れている私にとって生首なんて怖くもなんともないが、この時代の貴婦人にしてみれば、私の態度は余りにも異質だったということだ。
そして、結婚式の後で私は初夜を迎えた。
私は前世でのトラウマから男性と関係を持つのは本音では嫌だったのだが、相手は将来の国王陛下で自分にとって申し分ないどころではない相手だ。
それに私は自分の立場上、祖国のためにお世継ぎを産まねばならない。
とはいえ、やっぱりダメだった。
逆の意味で。
史実と異なってルイ・オーギュストはきちんと手術を受けていて、お祖父様のルイ15世陛下のお節介のお陰でそれなりの女性経験もあった。
そして、その彼が。
「君さえいればいいよ」
と1月も経たない内にげっそりと痩せてしてしまったのだ。
あの地獄の日々は私をいつか熟達した女にしていた。
14歳の若い身体で私は対応してしまって、本当にごめんなさいだ。
夜に朝にと夫に求められた結果が、この始末。
10代半ばの夫を1月も経たない内にあそこまでやつれさせるとは、王太子妃は魔女だ、サキュバスだ、と陰で私の評判は更に暴落する羽目になった。
そして、こんな日々を送れば、当然のことながら、あっという間に私は懐妊して。
「いや、実にめでたい。まさかこんなに早く曾孫に会えそうだとは。流石はマリア・テレジアの娘だな」
私の義祖父になるルイ15世陛下は、半ば白目をむいて余りにも早い私の懐妊を祝福してくれた。
「本当に神のお陰です」
うーん、本当に15歳で私が出産することになるとは、歴史が変わり過ぎだ。
少し後になるが、母のマリア・テレジアもこの知らせにはかなり腰を抜かしたらしい。
まさか、こんなに早く私が妊娠出産するとは、更に夫をやつれさせる程のことをやらかすとはと。
私の懐妊を喜ぶと共にもう少し房事を控えるように、と母は私に手紙に書いて寄越した。
そして、1771年2月の冬の最中に私は長子のルイを無事に五体満足で産んだ。
私はヴェルサイユ宮殿の中にいたので、周囲から教えられたことなのだが。
この時、首都パリを始めとして、フランス全土がお祭り騒ぎになったらしい。
こんなに早く跡取りが産まれるとは誰も思っておらず、望外の騒ぎになったとか。
ブルボンとハプスブルクを結んで欧州を統一する新王家の誕生だ、と叫ぶ者まで出たとか。
確かにそう言われればそうだ。
私が産んだ子ルイは、ブルボンとハプスブルク双方の血を受け継ぐ者。
この子程、欧州を統一する帝国の皇帝に相応しい血を承ける者はいない。
この子のためにも私は英露普を叩き潰さねば。
その一方で、それにしても、と私は長子のルイを抱きしめながら想った。
愛のある結婚から産まれる子がこれ程愛おしく思えるものとは。
前世での子と違って、この子を私は愛おしみながら抱いた。
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