外伝ー8 かくして、この世界の21世紀の日本の納豆は
「もう、マリーを殺せ、がうちの業界内の合言葉ですよ」
ある関東地方の大手納豆製造会社の代表取締役は、そうボヤいている。
「何しろ関東や東北地方でさえ、日本古来の糸引き納豆の販売は減る一方、フランス由来の糸を引かない納豆の販売額が糸引き納豆を上回るところが関東、東北地方の各都県でさえも出てきたところから、糸引き納豆一本でやってきたうちも、終に覚悟を固めて糸を引かない納豆を売り出すことになりました。糸引き納豆を白いご飯に乗せて食べる、この日本の食文化は21世紀中に消えそうです。マリー・アントワネットがいなかったら、こんなことにはなっていなかったでしょうに。本当に彼女がいなかったら、フランス革命のどさくさで殺されていたら、とまで私は思いますね」
他のある東北地方の大手納豆製造会社の代表取締役も、またボヤいている。
「私の次男が西日本出身の女性と結婚したのですが、彼女に言わせれば、納豆は日本語ではなく、フランス語由来の外来語だそうです。その女性は、一応は大卒なのですが。納豆は糸を引かないのが彼女は当たり前で、私のところに泊まった際に、日本古来の糸引き納豆を白いご飯と出したら、とても私は食べられない、とまで彼女には言われました。納豆にはパン、そういう食文化で彼女は育ってきたとかで。フランス由来の糸を引かない納豆とパンを合わせて彼女は食べるのが当たり前だとか。私の孫は納豆にはパンで育てられて、糸引き納豆を白ご飯と食べることは無さそうです」
こんな感じで、(この世界の)21世紀の日本では、(糸引き)納豆には白いご飯という食文化が絶滅危惧状況になりつつある。
少なからず話は変わるが、21世紀の日本を中心とする世界のほとんどの食文化研究者にとって、最大の謎の一つとされているのが、フランスの納豆の存在である。
18世紀末にマリー・アントワネットが納豆を食べたいと言い出したことから、フランス科学院に開発されて、更にフランスの食文化として受け入れられたことから欧州へ、更に世界へと販売されるようになった納豆だが、同名の物、納豆が既に日本ではあったのだ。
そして、問題はマリー・アントワネットが、日本の納豆を知っていたか否かだが、一部のトンデモ系の自称学者以外は、このことについて完全否定している。
何しろ18世紀当時の日本は「鎖国」をしていた。
マリー・アントワネットが、日本の納豆を知る訳が無いのだ。
だが、マリー・アントワネットが「NATTOU」を開発するように、と指示する公式文書がフランス科学院に遺されている以上、フランス、いや欧州では「NATTOU」という名の食品が一部の地域ではあったのでは、と推測されているのだが、21世紀になっても未だに発見されていない。
では、この「NATTOU」と納豆の関係性は?
世界のほとんどの食文化研究者がお手上げ状態なのだ。
さて、19世紀後半になって(この世界の)日本はロシアの圧力により開国させられ、江戸幕府が倒れて、明治維新が行われて、と近代国家への路を歩むことになった。
大陸方面はロシアという強大な国家があり、不凍港を得るために朝鮮半島まで保護国化したので、日本は大陸侵出を諦めて、日本本土に引き籠り、貿易立国を目指すしかなかった。
そして、日本はそれなりに国力を増強し、またそれによって整備した軍事力を背景に、ずっと平和を維持して独立国として21世紀を迎えている。
だが、貿易立国の代償という訳ではないが、世界各国と交流する内に日本に世界各国からの食文化が入ってくるのは止むを得ない話だった。
そして、栄養学の進歩は、日本古来の白いご飯をたくさん食べればよいから、様々なおかずを主食と共に食べる方向へと日本の食事が変化することを助長した。
更に脚気対策としてパン食が一時、勧められたことや(この世界では)フランスが世界の覇者であることが相まって、フランスの糸を引かない納豆が日本に入ってきたのだ。
日本古来の糸引き納豆の食文化が乏しかった西日本では、フランスの糸を引かない納豆が納豆なのだとすぐに受容されてしまい、(この世界では)結果的に日本古来の糸引き納豆が根付くことはなかった。
逆に西日本を橋頭堡としてフランスの糸を引かない納豆は、東日本に従来から存在していた糸引き納豆に対して侵攻作戦(?)を発動するにまで至った。
そして、21世紀現在では、東日本の糸引き納豆は未だに健在ではあるが、若者の間では東日本でさえも、西日本を介してフランスから広まった(糸を引かない)納豆にはパンが当然で、納豆と白ご飯を食べるのはおかしいという惨状を呈しつつあり、糸引き納豆を白いご飯に乗せて食べるという東日本の食文化は存亡の危機に陥っている。
東日本を中心とする日本の伝統的な糸引き納豆製造業者の多くが、
「マリーを殺せ」
とまで言って、食文化の危機を憂うのも気持ち的には分かる状況なのである。
ご感想等をお待ちしています。
尚、念のために申し上げますが、私は納豆に白ご飯が大好きです。




