外伝ー7 マリー・アントワネットと納豆
糸を引かない納豆があるか、と叩かれそうですが。
実際に「豆乃香」という糸を引かない納豆がフランス等に現在では輸出されているとのことです。
(もっとも、18世紀のフランスの発酵技術で量産化できるのか、と更にツッコまれると答えに私は窮しますが、そこは緩く見てください)
私がフランス王太子妃になって、長子のルイを身籠ったばかりの頃、私はある食べ物を手に入れようと決意することになった。
ちなみに、それは納豆だった。
私の前世では、糸を引かないように、要するに粘らないように改良された日本の納豆が、フランスに輸入販売されており、様々なフランス料理で(その大半が試作品としてだが)使用されていた。
確かにチーズを始めとする様々な食品とも納豆は合う味で、私はラズベリージャムと納豆を合わせてパンに載せた朝食が、一時はお気に入りになって毎朝のように食べた程だった。
だが、この世界の18世紀の日本は史実同様に「鎖国」している。
幾ら何でも納豆を寄越せ、で日本に開国を迫る訳には行かない。
それに納豆が意図的に糸を引かないように改良されて、日本からフランスに輸出されるようになったのは21世紀になってからの話だ。
だから、今の日本に糸を引かない納豆を寄越せ、と要求しても無駄な話だ。
となると、糸を引かない納豆を自力で開発するしかない。
フランス王太子妃、フランス王妃として何としても納豆を開発してやる。
私は固く決意した。
さて、何でこんなことを私が考えて実行するに至ったか、というと。
言うまでもなく、将来的に多産で自分の身体がボロボロになるのを予防しようと考えたからだ。
自らの持つ21世紀の栄養学知識で、バランスが良く、ビタミン、ミネラルが豊富な食事をとることを日常的に心がけるのは当然のことにしよう。
又、チーズやヨーグルト等の発酵食品を心がけて食べるようにしよう、と考える内に。
そうだ、納豆も発酵食品で健康に良い、多産に伴う骨粗しょう症予防等に効果が高いと聞いたぞ、と私が思い出したことからだった。
だが、これは想像以上の難事になった。
納豆菌自体は稲わら等の中で普通に生息している枯草菌の一種であり、更に言えば多数の品種がある。
この時代に、フランスのパリで稲わらを入手すること自体は決して不可能な話ではない。
何しろイタリアやスペイン等、この当時の欧州でも稲作は行われているからだ。
だから、稲わらは入手できるし、それに納豆菌が通常の場合は付着しているが。
それを使って納豆が作れるか、更に私の意図する糸を引かない納豆が作れるかというと。
当然のことながら、稲わらを使って納豆を試作してみると、糸を引く納豆が圧倒的多数でできるという惨事(?)がひきおこされてしまったのだ。
18世紀フランスの発酵技術を駆使して、それこそ私自身が史上最大のフランス科学院の才能の無駄遣いかもと考えつつ、糸が少しでもできない納豆を作れないか、と私自らがフランス科学院に研究を命じるという事態となった。
(夫のルイ16世には幾ら食べたいモノがあるとはいえ、フランス科学院にまで研究を命じることかね、と完全に呆れられてしまった)
とはいえ、私にしてみれば糸を引かない納豆が当たり前なのだ。
それに21世紀には存在していた以上、この18世紀にできない筈はない、と無茶苦茶な思考過程の末に20年余りの悪戦苦闘を私が命じて続けた結果、フランス大革命の真っ最中に糸を引かない納豆の量産化にフランス科学院はやっと成功してくれた。
(この当時にフランス科学院に所属していたラボアジェ曰く、
「最後の頃には、ギロチンに掛けられたくないなら、糸を引かない納豆を作れ、が研究現場の合言葉になっていました。それくらいの圧力が、王妃から納豆量産化の研究現場には掛けられていました」)
かくして、私は納豆を食べることができるようになった。
更に、私が夫や子どもに納豆を食べることを勧めた結果、イギリスやアメリカ、ロシア等にまで納豆が広まる事態が引き起こされたのだ。
ご感想等をお待ちしています。




