第50話
これで事実上の完結になります。
1831年1月、私は75歳を過ぎていた。
数年前に夫のルイ16世は崩御しており、その前に息子のルイ(17世)が薨去していたために、本来はルイ18世になるべき私の孫が、フランス国王ルイ17世として即位したために私は太王太后と呼ばれる立場になっていた。
そして、私の嫡曽孫ルイはフランス王太子となると共に、ロシアの女帝アンナ2世の王配にも予定通りになっており、その間には息子ルイが1819年に産まれ、更に弟妹もできてすくすくと育っていた。
尚、アンナ2世はパリで夫や子どもと同居している。
何れは私の玄孫がフランス国王とロシア皇帝を兼ねることになるのだろう。
また、次男のアンリは1819年にヘンリー10世として英国王に即位している。
史実通りならば七月革命が起きた去年は平穏に過ぎていた。
というか、ここ20年もの間、欧州は平和だったのだ。
ロシアとの戦争が欧州での国家間戦争の最後だった。
勿論、暴動や騒擾が皆無だったとまでは言えない。
でも、宗教や宗派を巡る過激な対立は収まりつつあるし、ドイツやイタリア統一運動といった民族主義を煽る運動も起きてはいない。
欧州は一つの家という意識が徐々に広まりつつあるのだ。
そして、北米大陸のカナダを主とする戦争は、ロシアとの戦争の関係から1812年以降に本格化したが、史実の米英戦争と似たような感じで、結果的に米国が熱心にならなかったことから、結局はフランスがチャールズ4世を支援して主に戦うことになり、ケベックを代償としてフランスが獲得し、カナダはチャールズ4世を英国王として認めて、ジョージ3世らがオーストラリアに移住することで1816年にようやく終結した。
更にこの結果から、米国に対して不信感を覚えたフランス王国政府は私の入れ知恵もあって、ミシシッピ川以西のスペイン領(史実のアメリカ合衆国のミシシッピ川以西に相当する部分)を買収したのだ。
この世界では何れはテキサスの油田やカリフォルニアの金がフランスのモノになるのだろう。
私は老いたせいもあるのだろう、そんなことを考えている内に昼間なのに眠気を覚えていつか椅子に座ったままでまどろんでいた。
夢を見ているのか、かつて私が会った謎の人物がいつの間にか傍にいた。
その人物が口を開いた。
「我が妻のリリス、そろそろ目覚めたらどうだ」
リリス、魔王の妻とされる悪魔。
私はマリー・アントワネット、何故にリリスと呼ばれるのか。
寝惚けているのか、そう私が想っていると、私の体内から声が聞こえてきた。
「貴方、ようやく目覚めることが出来ました。性の快楽を愉しんで、また、大量の血を愉しんで」
「この女の魂の中で楽しめたのか」
「はい。本当に色々と」
私の体内の謎の声が、謎の人物と会話を交わす。
私はいつも持っている筈のロザリオを探ったが手に当たらない。
どういうことなのか。
混乱していると私の体内から何者かが出てきた。
その何者かは女のように私には想えたが、どうにも年齢の見当がつかない。
少女のようにも思えるし、老女のようにも思える。
「それでは行くか」
「はい。貴方」
その何者かは、謎の人物と一緒に去って行く。
その姿を私は懸命に目で追うことはできるのだが、身体が全く動かず、当然に声も挙げられない
それと同時に急に息苦しくなり、強烈な胸の痛みに襲われ出した。
また、自分の身体が急速に冷えていく。
最期の意識の中で、私は想った。
そうか、私の魂の一部はリリスだったのか。
そして、リリスを目覚めさせるために魔王は。
人を過去に転生させられる等、神の御業か魔王の所業でないとできまい。
末期の際の私の夢なのかもしれない。
そうも想っている内に私は末期の息を吐いて絶息した。
最後の情景に関しては真実なのか、主人公の末期の苦しみの中での幻覚なのかは、読者の皆様の個々のお考えにお任せします。
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