第46話
ロシア侵攻作戦発動となると、陸路だけを頼りとする西方方面のみからの侵攻作戦は、基本的に無理筋な作戦となる。
それはナポレオンもヒトラーも失敗したことから、歴史的に明らかと言える話だ。
(細かいことを言えば、ロマノフ王朝成立前の動乱時代にポーランドが陸路によるモスクワ占領等を果たしてはいるが、それこそロシアの混乱に乗じて成功したと言える話で私としては当てにできなかった)
こうしたことから、私は別の方面からの侵攻作戦も考えることにした。
私が考えたのはバルト海を活用した海上侵攻作戦案だった。
とはいえ、実際問題としては海上からの侵攻作戦のみに頼るのには、海上輸送力が微妙に不足すると考えられるので、西方からの陸路侵攻作戦も併用することになるのは止むを得ない話になる。
それでも、同盟国のスペインを頼ったり、占領している英本土から商船を徴用したり等、少しでも海上からの侵攻作戦の兵力を増やそうとしたが、それだけで済むはずもない。
バルト海の(かつての)盟主スウェーデンにも、様々な積極的な協力を依頼せざるを得ない事態になるのは半ば当然のことだった。
こうしたことから、私はスウェーデンのテコ入れを図らざるを得なくなった。
そして、私は未来知識を活用したことから。
「ベルナドット将軍、スウェーデンに赴いてスウェーデン軍を強化することに尽力するように」
「分かりました」
史実世界では後にスウェーデン国王に紆余曲折の末になるベルナドット将軍を、私はスウェーデンに派遣することにした。
だが、思わぬことも起きた。
「実は妻を介した働きかけもありまして、身内になるボナパルト将軍と共にスウェーデンに赴任することを認めて頂けませんか」
その際にベルナドット将軍は私に対してそう頭を下げてきた。
私は部下の私生活に興味が無かったので、今まで全く知らなかったのだが。
この世界でもデジレはベルナドット将軍と結婚していたらしい。
(更に後で私が調べたところ、仲の悪い弟をフランス国外に体よく追い出したいというボナパルト将軍の兄ジョゼフによる思惑もあって、この話が出たらしい)
私は少し考えたが、ボナパルト将軍をフランス国外に追い出すのには絶好の話に想える。
「ボナパルト将軍が貴方の部下としてスウェーデンに赴くことを認めます」
「ありがとうございます」
私とベルナドット将軍がそんなやり取りをした末に、ボナパルト将軍はスウェーデン軍改革のためにベルナドット将軍の部下としてスウェーデンに赴くことになった。
そして、ベルナドット将軍はボナパルト将軍以外の部下も引き連れた上で、スウェーデン軍の改革を行うことになり、それに伴ってスウェーデンの内政改革についても徐々に意見を求められることになった。
その一方で、バルト海に関する様々な情報をスウェーデンから私というかロシア侵攻作戦を準備する国々は入手することができ、これを踏まえてバルト海を経由しての海上からのロシア侵攻作戦の準備を徐々に整えることになった。
尚、こうした準備を整えるとなるとそれこそ1月、2月の準備で済む筈が無い。
それこそスペイン等から船を運ぶのにも時間が掛かるのだ。
1808年の1年間をロシア侵攻作戦の準備に当てた上で、1809年の初夏6月を期してロシア侵攻作戦を発動することを、私は決断せざるを得なかった。
その一方で、ナポレオンのロシア遠征よりも有利な条件が私には与えられている。
この世界ではポーランドが健在なので、リガ、スモレンスク、キエフ、ポルタヴァのすぐ傍からロシア侵攻作戦を発動することができるのだ。
スモレンスクからモスクワまで400キロも離れていない。
私は作戦の成功を確信していた。
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