第41話
英仏両軍の決戦の地となったのはウィンチェスター近郊だった。
この時、ウェルズリー卿としては英軍の特性もあって、フランス軍の攻撃を受け止めた上で逆撃による勝利を掴みたいと考えていたが、フランス軍は英軍の挑発に乗らなかった。
それに現状では兵力の優位が英軍側にあるが、分散しているフランス軍がこの決戦のために兵力を集めては、英軍側の兵力が劣位になってしまう。
そうしたことから、ウェルズリー卿としては、本音では不本意だったが、自軍の側から攻勢を採るという決断を行わざるを得なかった。
「来ましたな」
「うん」
英軍の接近を見て総参謀長のドゼー将軍が発した言葉に、王太子ルイは短くそう答えた。
戦場で指揮を執る都合から、王太子ルイは中央に身を置いてダヴー率いる師団に警護されている。
英仏両軍の決戦の時が来たと判断したことから、ベルナドット将軍率いる第1師団に対して、この地に急いでくるように指示を下してはいるが、未だに第1師団は来てはいない、
そもそも指示を下した時から考えても、最低後半日は掛かる筈だから、どうしようもないとも言える。
こちらが兵力的に劣位にあることから、英軍側から攻勢を採ってくるのは当たり前か。
「ダヴー将軍の指揮に基本的にここは任せる。私が口を挟むと却って邪魔だろうからな」
「そこまで部下を信頼していただき、ありがとうございます」
王太子ルイとドゼー総参謀長は、そうやり取りをした。
だが、ウェルズリー卿の側はそうはいかなかった。
ウェルズリー卿の性格から細かく部下に指示、命令を下したがったという側面もあったが、それ以上に英軍の指揮官の多くが上官、総司令官からの指示を待って動くという性格だったからだ。
しかし、数千の規模ならともかく、10万の軍勢ともなると総司令官はそう動かせるものではない。
英軍の多くの指揮官の性格は、こういった攻撃を行うに際しては余りにも向いていなかった。
それこそ、自分や周囲の攻撃によって相手が崩れる等した場合に、臨機応変の手を打てないという事態を招くからである。
これに対して、フランス軍は各級の指揮官がそれぞれ独自に判断して、臨機応変の対応ができるように教育指導がなされており、極端に言えばだが、総司令官の筈の王太子ルイはそれこそ戦場を眺めるだけでもことが足りる有様だった。
(勿論、これはこの場にいる各師団長が優秀という大前提があってのことで、それが無ければ、王太子ルイの側もウェルズリー卿と同様に各部隊の指揮を執らねばならなかった)
英仏両軍の決戦が始まってから時間が経つにつれて、この両軍の差が徐々に出だした。
どうしても英軍の判断が遅れるのに対して、フランス軍の判断は機敏になされた。
そして、その判断の差は徐々に加速度的に出るようになる。
また、王太子ルイの各師団長の性格を踏まえた上での事前指示は極めて適切であり、中央では英軍の猛攻をダヴー将軍は巧みに阻止する一方、ネイ将軍も英軍右翼からの攻撃をよく支えており、必然的に英軍は右翼側に寄った攻撃に誘われることになった。
そこにランヌ将軍による英軍左翼への猛攻撃が浴びせられたのだ。
英軍左翼に動揺が起きた、と判断した王太子ルイはミュラー率いる騎兵の総突撃を英軍左翼に浴びせるように命じて、これが英仏両軍決戦の終幕の始まりを告げた。
「メイトランド、今こそ君の出番だ」
ウェルズリー卿は、断腸の思いでその言葉を発した。
英軍総予備として残されていた英近衛旅団、この旅団を仏軍騎兵の津波のような猛攻に対する防御として投じねばならない。
この瞬間に英軍の敗北は決まった、とウェルズリー卿は判断せざるを得なかった。
最早、英軍は退却するしかない。
分かる人だけ分かるネタに奔って本当にすみません。
最後の辺りのウェルズリー卿(ウェリントン公爵)の科白は、史実のワーテルローの戦いの科白(とされている科白)と同じです。
ちなみにこの科白を吐いて、史実のワーテルローの戦いではウェルズリー卿は勝利を確信して実際にその通りになりましたが、この世界のこの戦いでは予備兵力が英軍にはほぼ尽きており、少しでも大敗北を糊塗するために、この科白を吐くことになりました。
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