第40話
英本土上陸を果たしたフランス軍を迎え撃とうとする英陸軍の総兵力は、それこそ集められる限りの兵を集めたことから約30万人に達していたが、実際にそれだけの兵力を集中させることは、補給の観点から極めて困難だった。
それにその多くが英本土防衛のために搔き集められた民兵隊であり、民兵隊の多くが故郷からできる限りは離れようとはしないという現実もあった。
そのために首都ロンドンに機動打撃部隊として、近衛兵を中心とする約10万人の兵を集めたうえで、残りの兵力をイングランド南部、特にドーヴァーを中心に基本的に各都市に分散させて展開させるという作戦を英陸軍は採らざるを得なかった。
これは各都市に展開している部隊で上陸してきたフランス陸軍を足止めして、その上で機動打撃部隊を急行させて、フランス陸軍を撃退しようとするものであり、極めて合理的な作戦と言えるものだったが。
フランス軍は英本土上陸作戦に際して、単純に陸軍全てをドーヴァーに上陸させるような作戦を展開するようなことはしなかった。
ドーヴァーは確かにドーヴァー(英仏)海峡の最狭部であり、少しでも上陸船団の航行時間を短くしたいフランス軍にとっては、最も上陸作戦を展開するのに適している土地と言えたが、裏返せば英国が最も防御を固めている土地とも言えた。
こうしたことから、フランス軍はワイト島を確保した上でポーツマスやサウサンプトンを占領して、西方からロンドンを目指す作戦を取った。
この作戦は英陸軍にしてみれば、全く予期していなかった訳では無いが、少し虚を突かれたのも事実としか言いようが無かった。
そのためにワイト島はフランス軍によって容易に確保され、更にポーツマスやサウサンプトンもフランス軍に占領されるという事態が起きた。
こうした状況に対応して、ロンドンにいる機動打撃部隊はフランス陸軍を迎撃するために急行した。
機動打撃部隊を率いるのは、ウェルズリー卿(史実では後にウェリントン公爵になる)だった。
この世界でもウェルズリー卿は、インドにおける第二次マラータ戦争で勇名を馳せており、そのために英国の国難に際して、最精鋭の機動打撃部隊の指揮を任されるという抜擢人事が行われていたのだ。
それと直接に対決したのは王太子ルイを総司令官とするフランス軍4個師団、約8万名だった。
本来は20万名がいてもおかしくなかったが、ロンドンにフランス軍が進撃するに際して、後方や側面になるコーンウォールやウェールズ方面制圧や占領地の治安維持に兵力を割かないわけには行かず、結果的にフランス軍は8万名程しかいない事態となった。
だが、その4個師団を率いるそれぞれの師団長は全員がフランス軍内でも優秀な人材が揃っていた。
「ダヴー師団長、中央を君に任せる」
「分かりました」
「ネイ師団長、左翼を固めて英国軍の攻撃を阻止せよ」
「分かりました」
「ランヌ師団長、右翼からの猛攻で英軍を崩せ」
「分かりました」
「ミュラー師団長、君は総予備だ。右翼からの攻撃が上手くいけば、追撃に参加せよ。もし、中央、左翼が崩れ立てば、その支援に向かってくれ」
「分かりました」
軍議の場において、総参謀長のドゼー将軍は、そのように今、手元にいる4個師団の各師団長に指示を下すことになった。
王太子ルイはその指示を無言のままで承認している。
王太子ルイにしてみれば各師団長は陸軍士官学校時代以来の知り合いであり、それぞれの優秀さを熟知している面々だった。
何も言わなくとも、自分の期待に各師団長は応えてくれる、そのように王太子ルイは確信しており、各師団長も無言のうちに王太子ルイの期待に応える意思を固めていた。
英仏の決戦の時だった。
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