第4話
幾ら私の前世が21世紀のフランス陸軍士官だったとはいえ、その軍事知識全てが18世紀後半のこの頃に役立つかというと極めて怪しい代物だ。
例えば、21世紀時代の私だったら、無線通信等は当たり前の技術だったが、この頃は部隊間の通信となると戦場では伝令頼みになるのが当たり前だ。
更にそれが実際にどれだけの時間が掛かる代物で、実際にどれだけ確実に伝わるのかというと。
21世紀の私だったら、遅すぎる、こんなことで戦場で指揮が執れるか、と当たり散らしたくなる事態が引き起こされるのが当たり前のように起きるのだ。
閑話休題。
だからこそ、私がフランスに嫁ぐ前に、ラウドン将軍らに気に入られ、オーストリア継承戦争や七年戦争での戦場で実際に起きたこと、そこでのオーストリア軍の実際の行動や、更に敵のプロイセン軍等の行動等について教えを受けたことは、私自身が心から感謝することになった。
更にこの時代の陸軍士官としての教育もラウドン将軍らを家庭教師にするような形で私は受けられた。
そのために14歳でフランスに嫁ぐ段階で私は。
「お世辞ではありませんぞ。全く爵位の無い平民でも少尉に任官できる程の学識です」
「本当にマリア・テレジア陛下の息子、皇子だったら、将軍にすぐに任官してもらいたいな」
「ラウドン将軍、そうなるとマリア・アントニア皇女が皇子だったら、その指揮下に入ってもらうことになるが構わないのか」
「けっ、あんたの指揮に入るくらいなら、悦んでマリア・アントニア皇子の指揮下で戦うわ」
「この場の戯言として特に聞き流してやろう」
「まあまあ」
私の目の前で、我がオーストリア陸軍の誇る二大将軍、ラシー将軍とラウドン将軍がじゃれ合っているといえばじゃれ合っているが、七年戦争での二人の因縁を知る私は慌てて止めに入った。
ラシー将軍は慎重で石橋を叩いて渡る性格なのに対して、ラウドン将軍は積極攻勢こそ最良の戦術という性格なのだから、水と油で合わない性格ということおびただしい。
そのために七年戦争の際には水面下どころではない喧嘩を二人は引き起こしていたほどだ。
そして、私はエラン・ヴィタール精神の権化と言われても仕方のない性格だから、ラウドン将軍に気に入られるのも半ば当然の話ではある。
その二人の様子を見て、私は半ば悪戯心を起こして言った。
「ラウドン将軍、フランス王妃に私が成った際に貴方をフランス軍の将帥として迎えたい、と私が言ったら貴方は受けて下さいますか」
「悦んでお受けします」
ラウドン将軍は芝居がかかってはいたが、私の言葉を受けてくれた。
私はその言葉を受けて、即座に母マリア・テレジアに頼み込むことになった。
ラウドン将軍がフランス軍の将帥にもしもなることになったら、それを歓迎して欲しいと。
実際問題として、私がフランスに赴いた際に私の腹心の部下になる有能な軍人は必要不可欠だ。
ラウドン将軍はそう言った点で、私にしてみれば喉から手が出るほどに欲しい人材だ。
更に言えば、母マリア・テレジアはラウドン将軍を内心では嫌っているのは半ば公知の事実だ。
母の目からすれば、ラウドン将軍は攻撃精神に溢れすぎていてリスクを冒しすぎるのだ。
だが、私にしてみればラウドン将軍の資質こそ、私が望んで止まないものだ。
こうしたことから、母は最終的に。
「マリア・アントニア、ラウドン将軍がフランス陸軍の将帥になりたいと言うのならば私は彼を引き止めないことにします」
「お母様、ありがとうございます」
私は母の言葉に頭を下げることになった。
「将軍をねだるとは。貴方の将来が心配です」
続いての母の半ば独り言に私は内心で呟いた。
「ごめん。お母様、欧州は戦禍に覆われます」
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