第28話
「球戯場の宣言」から、事態は一気に加速した。
「球戯場の宣言」の場に集っていた全国三部会の議員達は、これ以降は全国三部会を立憲議会と改称することとして、(私が裏で立憲議会の一部の議員を唆したことから)更に議場封鎖をしている一部議員の排除を国王に請願した。
これで、議員を排除する大義名分を手に入れた私は近衛兵を議場に突入させて、議場封鎖をしている貴族出身の議員を逮捕させて議場を解放した。
この瞬間、国王ルイ16世は民衆と共に第三身分側に立ち、貴族と敵対するという立場を宣明した。
(尤も、この時の夫はそのことを理解していなかったし、その周囲も同様だった。
事態の流れが余りにも早すぎて、多くの者の理解が追いついていなかったのだ)
更に立憲議会が順調に運営されるようにという名目で、議員を警護しないといけないと私は主張し、国家憲兵による事実上の監視下に議員を置いた。
また、全国三部会ではなかった立憲議会が順調に運営される必要があるとして、パリ及びその周辺に戒厳を国王の名で布告した。
幾ら何でもという声が一部の議員から挙がったが、神聖な議場を勝手に封鎖するような一部の議員が出て、それを排除するために近衛兵を突入させるような事態が起きた以上は戒厳は必要である、と私に操られた夫のルイ16世は言い、多くの議員らも軍の圧力を身近に感じて口をつぐんだ。
さて何でここまで軍が私に従ったのか、というとそれなりのからくりがある。
軍の兵士のほとんどが貧農層の出身だった。
更に私の21世紀知識によって行われた様々な軍の改革により、軍内部において佐官クラス以上はまだまだだったが、尉官クラス以下においては貧農層出身の兵士に寄り添う若手士官が急増していた。
こうしたことから、王室は貧農層のための改革を行いたいので軍に協力を求めると私が言ったところ、若手士官を中心とする軍の幹部内でそれに呼応する声が一気に上がったのだ。
更に全国三部会が175年ぶりに招集されたことによって、フランス国内には異常な雰囲気が漂うようになっており、軍の幹部はその雰囲気に当てられたとも言える。
かくしてパリ及びその周辺では戒厳が敷かれている中、更に議員は国家憲兵の事実上の監視下に置かれながら、フランス初の憲法が制定されるというある意味、酷い話が進行することになった。
何でこんなことになったか、というと私の考える憲法をこの立憲議会が制定する筈がないからだ。
私は元21世紀人として、国民主権を受け入れたかったし、王権神授説等も採りたくなかった。
しかし、18世紀の現実があるし、更に私にはフランス大革命等の記憶もある。
自作自演もいいところだが、フランス大革命を自分が引き起こした以上、自分や家族の安全、そして、祖国フランスの栄光を勝ち取るために、それなりの時代に合った憲法を私は作るしか無かったのだが。
この時の立憲議会の議員の面々の多くが理想主義に奔っていた。
それこそ史実では1789年の人権宣言を出し、更に1791年憲法を作っている。
私としてはそれに深い敬意を抱いているが、余りにも時代に合っていないと思うのだ。
例えば、国民主権と言うのは、国民各自が国王と同様に主権者として自らの正義の為なら好き放題をしてよい、という誤解をこの当時の多くの大衆に与える代物なのだ。
だが、この時の立憲議会の議員の面々の多くは、そんなことはない、国民のほとんどは理性的な存在であり、そんな無茶を言う筈がない、というだろう。
だが、僅か数年後にこの考えが、結果的にはジャコバン派の恐怖政治をもたらした主要な原因であることを私は熟知している。
だからこそ、理想主義を潰すしかないのだ。
色々と分かりにくいと思うので、補足説明をします。
議会封鎖をする議員達に対して、主人公がすぐに近衛兵を突入させなかったのは、議会の要請から止む無く近衛兵を突入させたのだ、というアリバイ作りからです。
このために議会封鎖をした貴族出身の議員の排除は、立憲議会との連帯責任で国王(及び王妃である自分)だけの責任ではないという主張ができます。
また、これによって、夫を貴族層から切り離して、主人公である自分に夫を心理的に益々依存させるという効果も狙っています。
他にも色々とありますが、ネタバレになるのでこの程度に止めます。
ご感想等をお待ちしています。




