第20話
史実では「首飾り事件」が起こった1785年当時の主人公マリー・アントワネットの日常を描いた幕間話になり、5話程続く予定です。
(尚、この世界では「首飾り事件」は起きませんでした)
1785年、私は結婚15年目を迎えていた。
1783年にアメリカは史実通りに独立を果たしており、フランス王妃の私としては英国の強大化を阻むことが出来たことに安どしていた。
更に言えば、史実と異なってフランスはアメリカ独立戦争に参戦せずに済んだ。
そのために財政赤字が史実よりも多少はマシなものにはなってはいたが。
財政問題等で、私の頭は相変わらず痛かった。
そんなある日、気分転換を兼ねて、私はパリ近郊のある小学校を訪ねていた。
表向きは普通の小学校だが、実は隠密裏に復活したイエズス会総本部を裏で兼ねている。
尤もそのことを知るのはフランス政府内でも一握りの人間だけで、テュルゴー財務総監でさえもこの事は知らされてはいない状況だった。
イエズス会へのフランス国内の反発は解散から時間が経ったことで、かなりほとぼりが冷めたといえる状況にはなっていたが、まだまだ大っぴらに言えることでは無かったからだ。
「これはマリー様」
表向きは小学校の校長、実はイエズス会総長は、私をそう言って出迎えた。
私はお忍びでここに来ており、護衛も2人程しか連れてきていない。
とは言え、この姿を見て実はフランス王妃と看破できるのは余程の人だ。
上質とはいえ木綿製のドレスを着ており、コルセットも装着せずに身軽に動ける体勢にしている。
前世の記憶等からコルセット装着が嫌だったのと妊娠出産を繰り返していることから、私はこの時代なら常識のコルセットを身に着けていない。
(後、私が前世の記憶からそれなりには護身用の軍隊格闘術を使えるためでもある。
万が一の際にコルセットで身動きが取れないでは、私にとっては却って困る事態になるのだ)
だから、それこそ正体を知らない小学校教師からは、お金持ちの庶民と思われて対応された程だ。
尤も、それにはもう一つ理由があった。
「相変わらず南仏訛りが出ますね。しかも下品だ。もしも児童だったら鞭で矯正されるところです」
「どうもすみません」
私がこの時代に転生した際に自然と親しんで話したのは(当然の事ながら)ドイツ語だ。
そして、未来のフランス王妃になる以上はフランス語を教わったのだが。
生憎と私には前世の記憶、知識があった。
そして、前世で私が何処の出身だったかというとプロヴァンス地方の市民の出身で、プロヴァンス語を家の中では話していた。
更に言えば、陸軍に入って傭兵に身を持ち崩して、それこそ粗野な言い回しに慣れ親しんだ。
ウィーンでフランス語教師に、時代にも合わせた話し方にかなり矯正してもらえたが、今でもフランス語だと粗野な南仏訛りの話し方が、咄嗟の際にはどうしても出てしまう。
そのために陰では、王妃マリー・アントワネットはウィーンではなくてトゥーロンかマルセイユの下町で生まれ育ったのでは、と私は言われているらしい。
それはともかくとして、校長室で私とイエズス会総長は向かい合っていた。
「フランス語教育の方は順調に進んでいますか」
「ええ、全国統一の教科書を用いてフランス語を一つにしようと奮闘していて効果が挙がっています」
「それは素晴らしいことです」
そう言いながら、私は胸の痛みを感じていた。
この世界では、私の本来の母語プロヴァンス語は史実よりも早く衰亡してしまうかもしれないのだ。
だが、フランス王妃に私がなった以上はフランス王国を一つにまとめるためにも、地方言語を消滅させるフランス語の教育を全国で進めざるを得ない。
「メートル法の教育はどうですか」
「中々難しいというのが現場での声ですね。度量衡の統一が必要なのは確かで効果的なのは、私の目からも明らかですが、これまでに使い慣れていた度量衡を切り替えろ、というのは難しい」
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