第19話
バイエルン継承戦争では無かった、バイエルン継承問題だが。
そもそもの発端は、バイエルン選帝侯マクシミリアン3世ヨーゼフが薨去したことだった。
マクシミリアン3世ヨーゼフには跡を継ぐべき息子も弟も甥もいなかったので、遠縁にあたるプファルツ選帝侯のカール・テオドールが、バイエルン選帝侯に即位することになった。
だが、カール・テオドールはバイエルンの統治に熱意を持っていたとはとても言えず、私の兄ヨーゼフ2世がそれならバイエルン領の大半を寄越せ、と言ったら唯々諾々と応じかねない有様だった。
もっとも流石にそれでは他のドイツの諸小国がオーストリアに不快感を抱き、神聖ローマ皇帝の地位が不安定になりかねないので、兄はバイエルン領の大半とオーストリア領ネーデルランドとの交換という提案をカール・テオドールにしようとした。
私はそれを聞いて兄に噛みついたのだ。
兄だけがぼろ儲けしようとするのは許せない、フランスにも分け前を寄越せと。
兄としてみれば、妹の私がそんなことを言ってくるとは想定外だった。
まさか妹が、と母マリア・テレジアの手紙によると、この一報を聞いた際に兄は暫く呆然としてしまう程の衝撃を受けたらしい。
もっとも私としては、本当に分け前を要求するつもりはさらさらない。
更に言えば、バイエルン継承問題で止めるつもりで史実のようにバイエルン継承戦争にするつもりは毛頭ないというか、そんなことは絶対に御免被るというのが私の本音だ。
何しろフランスの財政赤字は減少しつつあるとはいえ、そうはいっても完全黒字には程遠い。
そうした財政状態での戦争等は以ての外だ。
だからこそ、却って無茶な要求を私は出した。
理不尽な要求をバイエルンに対して兄がするのなら、ハノーヴァーを私達夫婦の次男アンリに寄越せ。
それなら、フランスは兄を支持すると言ったのだ。
何故にハノーヴァーかというと、そこは選帝侯国だからだ。
だから、甥が選帝侯になる以上は兄に文句はない筈だ。
勿論、スペインと同様に永久にハノーヴァーはフランスと合邦しないという条件を付けても良い。
だが、兄にしてみれば無茶な要求にも程があった。
ハノーヴァー選帝侯は、英国王でもある。
つまり、私、フランスの要求を受け入れるということは、欧州に大戦が勃発することになる。
更に私は水面下でこの情報を英国やプロイセンに流すようなこともした。
英国やプロイセンもそんな話は無茶だ、と水面下では言ったが。
では、戦争をしますか、と私がうそぶくと、英国もプロイセンも背筋を凍らせた。
軍事力という裏付けがないと、私の恫喝を阻止できない。
しかし、英国はアメリカ独立戦争の真っ最中だ。
それなのに欧州大戦に巻き込まれるとなると、二正面戦争を強いられることになる。
取りあえず、ハノーヴァー防衛のために英国は傭兵を集めることにして、これにドイツの諸小国も自国防衛のためにもなるとして、これに協力する姿勢を当初は示したが。
英国に傭兵を提供するということは、フランスに自動的に敵対することだ、と更に私がうそぶくとドイツの諸小国は傭兵提供を躊躇い、むしろ英国に対して英本土から兵を送れ、と言い出した。
英国はそのためにアメリカ独立戦争鎮圧に向ける兵が更に減って苦悩する羽目になった。
結局、この大国の事実上の神経戦は、母マリア・テレジアが事実上は仲介して、史実同様のイン川流域の僅かな領土を兄ヨーゼフ2世が獲得することにして話し合いで何とかケリがついた。
(尤もこの仲介は母の神経を痛めたようで、この交渉がまとまったことで気が緩んだのか、史実通りと言えば史実通りだが、その直後に母は急逝して私は母に幾重にも詫びる羽目になった)
実際問題として、史実のバイエルン継承戦争におけるヨーゼフ2世の要求は無理筋にも程がある要求でした。
だからこそ、主人公は無理筋な要求を自分もすることで、逆に戦争阻止に奔るという複雑な動きを半ば強いられることになりました。
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