第12話
とはいえ、あの密使の態度ではローマ教皇が素直に受け入れるとはとても私には思えない。
私はカトリックの信徒と共にウクライナ東方カトリック教会の信徒をも国内に多数抱えているポーランド王国政府にもイエズス会修道士の隠密裏の保護を働きかけ、そのことをローマ教皇庁に内報した。
ポーランド王国はかつてブレスト合同を主導して、東西教会の合同に邁進した。
ブレスト合同によって生まれたのがウクライナ東方カトリック教会であり、ポーランド領ウクライナを中心としてその信徒は多数いる現実がある。
更に言えば、このブレスト合同にイエズス会はかなりの協力もしている。
この歴史的経緯からポーランド国内ではイエズス会に対して親近感を持っている国民が多い。
更にポーランドは歴史的経緯から信教の自由に寛容な傾向が強い。
そして、現在のポーランドの愛国派の間ではポーランド分割阻止に協力したフランスの人気は高いという事情も加わったことから、ポーランド国王スタニスワフ2世アウグストは私の依頼を受けて、隠密裏にイエズス会修道士の保護、イエズス会復活の為の組織維持に協力してくれることになった。
その代償として、イエズス会修道士が逃れているプロイセンやロシアの情報をお互いに流し合うことになったのは、私としては少し痛手だったが、フランスとポーランドは共にプロイセンやロシアを敵視していることから考えると、事実上の同盟国と言える関係だ。
だから、やむを得ない話だと私は割り切らざるを得なかった。
更にここまでのことをやったお陰で、ローマ教皇庁もフランス国内の聖職者への課税に対しては口先だけで反対して、フランス国内の聖職者に対しては内々で余り反抗しないように、という態度を示すということを私というかフランス政府に対して示してくれることになった。
その一方で、私はテュルゴーを財務総監にするように夫に勧めつつも、テュルゴーに対して太い釘を刺さざるを得なかった。
「いいですか。貴方の経済政策は基本的に妥当なのは私も認めてはいます。しかし、その経済政策が常に有効だとは限りません。それが分かっていますか」
「良く分かっております」
テュルゴーは恭しく私に対して言った。
本当に?
という疑念の言葉が私の喉元にまで上がったが、私はぐっとこらえた。
それは未来を知っている私だから言えることだからだ。
「それでは約束して下さい。毎年の予算案と決算報告書を年初めに公開して出版することにします。その内容に嘘があった場合、本当に貴方の首を飛ばすと覚悟して下さい。命乞いは聞きません」
「分かりました」
私が実際に以前に生首事件を引き起こしたのを想い起こしたのだろう。
テュルゴーの声が微妙に引きつった。
「それから国民がパンを常に食べられるように気を配ってください。国民が餓死することはあってはならないことです。フランス王室としては国民が餓死するような事態が起きれば、王室はパンを食べずにカブラを食べるつもりです。そこまでの事態が起きては、王室はパンを食べる訳には行きません。王室の食べる分のパンの小麦を、些少にはなりますが国民の為に回す覚悟です」
「そこまで国民を想われておられるとは。真の王室の姿を臣は見る想いがします」
テュルゴーの声が微妙に更に引きつった。
もし、本当にそんな事態になれば、王妃のみならず国王、王子もパンの代わりにカブラを食べる事態が引き起こされる。
そうなったらどうなるか、恐怖に駆られたのだろう。
史実だと1775年にテュルゴーの失策からフランス国内で餓死者が出る程の事態が起きた。
だが、ここまで釘を刺しておけばテュルゴーは失策を犯さないだろう。
そう私は心から願った。
念のために書きますが。
作中に出てくるカブラとは日本の蕪ではなく、西洋カブのルタバガのことです。
そして、「カブラの冬」という言葉があるように、欧州でカブラを主食にするというのはかなり食糧事情が窮迫した際に起きる事態でした。
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