お父さん、作ってくれてありがとう
「殴れるな」
まともに正拳がはいったことですっ飛んでいった鍛冶の天命者を見てレイエムが呟く、もしかしたら拳が焼けるかもと思っていたのだ。しかし、拳には焦げすらなく黒い骨は健在である。
「これならどうとでもなるか」
今まで出したことのない全力でレイエムは飛ぶ、人間相手に全身骨格を晒したことなどなかったのだ。今ほど強い力を使えたことはなかった。ゆえに、少しの慢心があった、針の穴ほどの油断が判断を鈍らせた。相手は人知を越えた化け物なのだと、一瞬だけ頭から抜け落ちてしまった。
「カァッ!!」
着弾地点から鍛冶の天命者が熱線を放つ、口から出ているので喉の太さほどしかないが熱量を侮ることはできない。それは噴火にも似たエネルギーを集中させたものなのだ。
「くそ……!!」
熊の時とは違い、今は空中で方向転換する術はない。レイエムはまともに熱線をくらう。
「……あれ?」
身体を貫くと思われた熱線は表面を薄く焦がすに止まった、黒き骨は熱線をものともしていない。
「ははははははははは!!! 効きやしねえ!!」
自らの能力に歓喜しながらも、レイエムの頭は着地後の追撃のプランを組み立てていた。
「足を止めて、心臓を狩る」
葬送の天命者を葬った時を思い出し、心臓を貫くことが最善だと結論を出した。しかし、ジェット移動で逃げられたならば追いつけるかは怪しい、ゆえにまずは足を止めることを目的とした。
「ここだ」
熱線の反動で動きの鈍った鍛冶の天命者の背後に回る、肉体の変質に伴ってジェット移動を可能にした部位を確認する。
「悪いな、壊すぞ」
背中を破壊するために選択した攻撃は斬撃だった、ノクの攻撃に耐えた唯一の武装である葬送剣を袈裟懸けに振る。
「グァアアアアアア!!」
「痛いか、その分はまだ人間なんだな」
変形した部位を切り落とすと、そのまま右手を胸に差し込みにかかる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
閃光。
発熱。
爆風。
「うおっ!?」
全身の発光を伴う大爆発でもってレイエムが吹飛ぶ、鍛冶の天命者は体勢の崩れたレイエムに追撃を仕掛けるべく2本目のハンマーを投擲した。
「こ、れは」
さきほどの大爆発を越える熱量を持つハンマーを腕で弾く、しかしその代償は小さくはなかった。
「う、でが、折れやがった」
弾くのに使った左腕がぽっきりと折れてしまっていた。熱そのものは弾けても打撃攻撃には弱かったようだ。
「は、はは、あはははははははははは!!!!」
ダメージを負ったにもかかわらずレイエムは笑った。
「最高じゃねえか」
むき出し頭蓋骨であるはずの顔が凶暴に笑ったように歪む。
「ん?」
折れたはずの左腕、それが形を変えている。さながらそれは骨の槍、黒の骨槍とでも言うべきものへと変貌していた。
「おあつらえ向きだ」
第3投がレイエムに迫る、しかしレイエムに焦りはなかった。この攻撃はもう問題ではないという確信があった。
「効きやしねえよ」
黒の骨槍でもってハンマーを弾く、もはや表面が焦げることすらない。
「もう終わりにしよう」
4投目を振りかぶった時にはもう終わっていた、黒の骨槍は鍛冶の天命者の心臓を貫いていた。鍛冶の天命者の身体から熱が解き放たれる、そこにはもう年老いた1人の鍛治だけが居る。
「ゆっくり眠りな」
「くろ、い骨、ああ、帰って来たんじゃな、良かった、終わりを、ありがとう」
「娘に言われて来た、何か言い残すことはあるか」
「ノクが、あなたを、そうか、あの子には酷いことを、した、辛い思いをさせて、しまった、心を持った人形は、天命者以上の孤独になる、老いぼれの、最後の頼みを、聞いてもらえんじゃろうか」
「……なんだ」
「娘を、ノクを、頼みます、あなた……の側に居れば……孤独……には……ならない……あの子は……優しい子じゃ……勝手に密偵の真似事をし始めたときには驚いたもんじゃが……きっと役に立つ……ノクに……どうか……人並みの……しあわせを……」
「善処する、安心して見守っていろ」
「ああ……安心した……これで……ふふ……ノク……あんまりはしゃぐな……ころんでしまう……パーツのかえはあるが……おまえは……にんげんとして……いき……て……」
鍛冶の天命者の火が消える、それきり動くことはなかった。
「終わったか」
ガラス化した地面を歩く男が響く、それはノクの足音。創造者であり、父でもあった存在の死を確認する残酷な時間の到来を意味している。
「お、お父さん」
「ああ、ここに」
ぐったりとした鍛冶の天命者の胸には黒の骨槍で開けられた穴がある、どう見ても致命傷。疑いの余地はない。
「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
崩れおちるノク、それでも泣けぬ身体をノクは初めて恨めしく思っていた。
「親父さん、最後までお前の心配をしていた。孤独にならぬよう、人並みの幸せをだと」
「お父さん……私……私頑張るよ……お父さんの分まで……幸せになるから……」
「それがいい、そうすれば親父さんも浮かばれるさ」
「お父さん……作ってくれて……ありがとう……」
焦土と化した鍛冶場はほとんどがガラス化しており、墓を作るのには適していなかった。ノクは山の麓に父親の亡骸を埋め弔った。
「……情報を聞き出すっていう感じじゃなくなったか」
物置となっていた小屋を今日の寝床と決めたレイエムが頭を掻きながら苦笑する、流石に傷心中にずけずけと話をしにいくような男ではなかった。
「これからよろしくお願いします!!」
「え?」
が、人形であるノクは鋼どころか超合金の心臓を持っている。旅の支度らしきものを整えてレイエムのいる小屋へと突撃してきていた。
「いや、確かにな、親父さんに頼まれたぞ? でもな、どこの馬の骨ともしれない男は嫌だろ?」
「あなたはレイエム様、私の恩人であり12番目の英雄様です。それに、剣を継いだのですから葬送の天命も果たすのでしょう? お手伝いします」
「ん? 今なんて?」
「話は歩きながらでもできます、すぐに出発いたしましょう」
「しないぞ? 俺は今から寝る」
「寝る? そんなもの必要ですか?」
「必要だぞ……基準を人間に合わせろ」
「……分かりました、寝ます」
「俺の隣で寝ようとしないでもらえるか。狭い」
「嫌です、レイエム様は傷心中の女を1人で放り出すのですか」
「……ずるい奴だ」
「今日だけ、ですので」