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裏の仕事の人間かどうかは目で分かる

「うん、ここどこだ」


 祭壇から出て30分ほど歩いたところで男は歩みを止めた、世界地図ならば頭に入っているはずなのに全くもって今の場所が特定できなかったのだ。


「見たことない木、見たことない虫、見たことない鳥、地域の特定がまるでできない」


 ぬかりなく学んだはず知識もまるで役に立たぬ現状に男は空を仰いだ。そこには双子の太陽が元気に輝いていた。


「極めつきには太陽が2個と来たか、普通太陽が2個もあったら地表の温度が馬鹿みたいに上がると思うんだが」


 男の懸念をよそに、過ごしやすいくらいの気温である。周りも特に砂漠化しているということもない。


「地球の内側、ってこともないよな。地球空洞説なんてもう流行らないぞ」


 様々な可能性を考えつつ、自分の生存を確実なものとするために水と栄養源の捜索を始めていた。第1に水がなければ人はすぐに死んでしまう、失った血液を補填するためにも水分は最重要だったのだ。


「獣がいればな、それで肉と血が手に入る」


 男は神を信じないが、呟いた直後に都合良く獣が出てきたことはある種の幸運を感じざるを得なかった。ただし、その獣とは角の生えた3m級の熊という化け物であったが。


「グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「熊か、ここまでデカいのは初めてだが……」


 男の手の辺りがキラリと光る、それは老人の首を絞める際に使った糸。


「デカい身体は足腰を崩すのが相場だ」


 煌めきが2度、3度角熊を通過する。


「なんだこの毛、カーボンファイバーか何かか」


 足首を切断するはずだった糸は角熊の毛によって防がれてしまっていた、ただの熊ならば輪切りできる糸であることを考えるとこれは異常事態である。


「ガァアアアア!!」


 熊の張り手が男に迫る。


「あっぶね」


 宙返りでもって張り手を回避するが、それが悪手であるとすぐに知ることになった。


「角はそのためか」


 空中にある男の身体を角が襲う、羽根を持たぬ身では空中で動くことは叶わない。為す術無く貫かれるしかない。しかし、男は羽根のない身で躱して見せた。


「ふっ」


 まだ足首に巻き付いていた糸を引くことで空中での回避を成功させたのだ、続けて頭を振った角熊に向かって処刑人の剣を振るう。


「なっ!?」


 抵抗なく、空気でも断つかのように熊の頭を両断する。あまりの切れ味に斬った本人が驚いている始末であった。


「切れすぎだろ……」


 頭を失ったことで角熊の身体は制御を失う、その後重力に従って地面に倒れ伏した。地響きを起こすほどの質量が横たわると小さな山のようである。


「これで、今はしのげる」


 角熊の身体を解体しながら肉を食い、血を飲んでいく。死人のようだった身体に血色が戻っていく。


「ふぅ、流石にこれだけ食うと動きが鈍るな」


 10人前にもなろうかという角熊を平らげると、男はその場で野宿の準備を始めた。枝を集め、寝床を探す。


「泉か、ここが良いな」


 角熊のものと思われる足跡をたどって見つけた泉の側を寝床とすることに決めると、男は木を背にして目を閉じた。


「……」


 流石に疲労が濃いのか、すぐに眠りに落ちる。


「寝ている……だと、一角熊を屠った手腕から凄腕だと思ったんだが」


 眠る男を見る影がそう呟いた。


「期待外れか」

「何がだ?」


 影の首筋には黒塗りの刃があった、今も寝ているはずの男が背後にいるという矛盾に影が恐怖する。


「お前、裏の人間か」

「……少なくとも大手を振って表は歩けないな」

「どこの刺客だ? 【余所者】に手を出すとどうなるか知らない訳じゃないだろ」

「ヨソモノ? それがお前の所属するギルドの名か」

「知らない……? そんな馬鹿な、裏で【余所者】の名を知らないわけ……」

「わ、私の名はノクだ。貴殿の手腕を見込んで仕事を頼みたい」

「仕事? 俺にか」

「そうだ、さきほどの戦闘を見ていた。一角熊を苦も無く葬る強さが要るんだ」

「見られてたのか、悪いが俺はもう血なまぐさい事はごめんだ。裏の人間が【余所者】を知らないような土地に来られたんだからのんびりしたい」

「しかしそれでは民の命が!!」

「そんなこと俺の知ったことじゃない」


 冷たく言い放つ男の脳内に考えが閃く、ここでもう一仕事して情報を得ることのほうが価値があるのではないか? と。


「……待て、お前はこの辺りに詳しいのか?」

「密偵として働けるくらいには」

「そうか、実は少しばかり情報が欲しい。俺がお前の依頼を達成したら情報をくれ、それで手を打とう」

「……分かった、私が教えられることならば教えよう」

「交渉成立だな。依頼ってのはなんだ」


 男がノクを解放する、刃をしまった瞬間にノクの手が腰に伸びる。


「っと、不意打ちするには素直すぎるな」

「やはり、通じませんか」


 刃物を抜こうとした手を掴まれていた、万力のような握力でもってノクの手は少しも動かすことはできない。


「で、どういうつもりだ?」

「試したことをお詫びいたします、これを防げなければ無駄死にすることになりますから」

「合格かい」

「……私の攻撃はまだ終わっていません」

「なに?」


 ドクン、ドクンとノクの身体が脈打つ。その度にノクの身体は熱を持ち、とうとう掴んでいられなくなる。


「……お前人間か?」

「いいえ。私は人形です」


 その言葉と同時にノクが獲物を掴む。


「どうか、どうか、この一撃をしのいでください。そうすれば、私はあなたを信じられる」


 いったいどうやって隠していたのか分からないサイズの大剣がずるりと出現する。熱によって赤く輝く大剣には謎の文字が彫られている。


「のく、たん?」

「行きます」


 加速によって、より熱く、より赤く輝く大剣、重さを感じさせない超加速によってなぎ払われた一帯は瞬く間に火の海と化す。


「……ダメ、ですか」


 なぎ払った後には何も残っていなかった、男の姿はどこになかった。


「殺したいのか、殺したくないのかはっきりしてくれないか」

「っ!?」


 火の海から歩いてくるのは先ほどまで話していた男、しかし、それはあり得ない、それが事実だとすれば、大剣の一撃を受けきってなお、今のように話しているということになる。


「せっかく補充したんだ、すぐに消し飛ばされるのは気分が良くない」

「あ、ああ、あなたはいったい!?」


 少しずつ姿を見せた男にはあるべきはずのものがない。毛がない、皮膚がない、筋肉がない、内臓がない。あるのはただ黒い骨格のみ。骨格のみで歩き、話していた。


「俺か? 俺は【余所者】だった奴だよ。肉でも、血でも、魂でもないただの骨だ」

「あり得ない、そんな、12番目の話は本当だとでも……?」

「12番目……なんの話だ」


 ノクは大剣を地面に突き刺すと、跪いた。


「ご帰還をお祝い申し上げます、12番目の王よ。螺旋の中にありて不滅たる人、黒き骨の裁定者様」

「ちょっと何言ってるか分からない」








 


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