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里帰り

 裏の世界、一般的にそう呼ばれる業界が存在する。それは例えばヤの付く自営業であったり闇武道界などであったりする。中にはその道のプロと呼ばれるような凄まじい家があったりもする。裏の世界でも外道と呼ばれるその一族は自らのことを【余所者】と呼んでいた。その【余所者】の末裔であるところの男が、今まさに仕事を終えようとしている。


「ひっ!? お、お前は!!? どこから入ってきた!?」

「そこからだよ」


 怯える老人の質問に律儀に応えた男が指を差すのは窓の外。


「ば、馬鹿を言うな!!!!! ここは50階だぞ!!」

「嘘は言ってない、事実だ」

「何が目的だ!! 儂を殺しに来たのか!?」

「簡単に言えば」

「い、嫌だ、死にたくない、そうだ、金をやろう、5億、5億出そう!!!!!」

「爺さん……自分の命に値段を付けちゃあ駄目だ、それ以上の価値が俺に払われていたらどうするんだ」

「ぐ……背に腹は代えられん……全財産を差しだそう!! どうだ!?」

「どうだって、別に殺しに来たって言ってない」

「ち、違うのか」

「違わないよ?」

「無駄な問答をするな!!!」

「おっと、自分の立場は弁えて欲しい」


 男の手がするりと動く、不可視の糸が緩く老人の首を絞めた。


「っ!?」

「分かった? 今すぐにでも首を落とせる。それじゃあ交渉を続けて良いよ」

「殺すならすぐに殺せば良い、何か目的があるんだろう」

「流石に勘づくか、そう。俺は爺さんをただ殺しにきたってわけじゃない、俺のお願いを聞いてくれれば命を助けても良いんだ」

「本当か!! 何でもしよう!!」


 男が懐から巻物を取り出す、酷く古びたそれは血判状のように見える。


「これに血で捺印しろ」

「これは、なんだ。何かの巻物のように見えるが」

「良いから」


 少しだけ締まった糸に脅され老人は血判を押す。ぐるりと一蹴した血判は全部合わせて12個あった。


「はぁ……ようやくこれで全員だ」

「全員?」

「ああ、これを集めるのが俺の仕事だ。本当ならここで爺さんを殺すのが手順なんだけど、素直に協力してくれたから命だけは助ける」

「ほ、ほんとうだな!!!」

「命、だけはな?」


 瞬間、男の手が目にもとまらぬ早さで動く。老人の頭を打った一撃で内部に衝撃が通る、特に記憶を司る部分がダメージを受けることで老人の今までの記憶は綺麗さっぱり吹き飛んだ。


「あ、え、あ……」

「悪いな、そのまま見逃すには爺さんは少しばかり悪どい事しすぎだ」


 全てを忘れた老人をその場に残し、男は完成した血判状を眺める。


「長かった……本当に長かった。零雫れいだ壱巻いちまき弐武にたけ参寒ざんがん肆律じりつ五丑ごちゅう陸階りっかい漆膝しちしつ捌別はちわかれ玖久くきゅう拾捨じゅうしゃの全員分の血判だ。これで俺は……足を洗える」


 男の目的はただ1つ、自らの家業を捨ててまっとうに生きることであった。


「親父の試練も終えた、これで太陽の下を歩けるようになる」


 依頼達成率100%を誇る男を一族の長は手放したがらなかった、故に無理難題をもって諦めさせようとしたのだが。男はやりとげた、ある国を牛耳る11の家の血判を集めてしまった。1番始めに押した己の血判を含めて1周させてしまったのだ。


「あ?」


 魔方陣、というものがある。


「なんだこりゃ!?」


 触媒でもって描いた円を用いて行う儀式である。


「吸われ!?」


 未だ神秘が数多く残る時代より血を継ぎし名家の血をもって作られた円に、【余所者】たる外道の血、そして血判状に見えぬように彫られた謎の文字。以上をもって魔方陣は完成した。これは外道の行う秘儀の最奥、冥界渡しである。


「ちくしょう!! 俺を嵌めやがったな!!」


 初めより男が抜けることなど許されていなかったのだ、難題に破れればそれで良し。諦めて戻れば尚良し、完成させてしまったのならば、その場で処分する。そういうカラクリだった、。


「くそが!!」


 男の怒号は冥界と呼ばれる場所に消えていく、されど男は知らない。冥界と呼ばれる場所が、そのまま天国地獄ではないことを。


「っ!?」


 しばらくの浮遊感の後に男は着地する。


「地面……?」


 周囲の景色は先ほどまで居たような部屋ではなく、何かの祭壇のような場所であった。石造りのそれは見ようによっては舞台のようにも見えた。


「怨みはない、だが死んでもらう」

「っ!?」


 突然かけられた言葉、そして殺気。


「あ、っぶねえ!!」

「避けるか。苦しむな、罪人よ。死ねば獣になるだけだ」


 首切り用と思われる丸みを帯びた剣を持つ男が居た、憐れみをたたえた瞳で見据えている。身に纏う雰囲気は死の気配が濃く、処刑人と呼ぶに相応しい。


「ここに来た、それだけで罪なのだ」

「訳分かんねえこと言いやがって……お前がその気ならこっちだって考えがある」


 腰の位置にあるナイフを抜く、リーチの差はあるが懐に入ればリーチはむしろナイフの方に利があるだろう。


「流石に殺しに来る奴には、そこまで気は使えないからな」

「無駄だ、私は傷つけられない。神でもなければ邪神でも、ましてや魔人でも神獣でもないお前には」

「ああそうかよ、戦えなくなっても泣くんじゃねえぞ」


 ナイフ投げつけると同時に突進、脅威であるナイフに意識を集中しているほど男の接近を許してしまう。だが、処刑人はナイフに目もくれず男だけを見ていた。


「な、に」

「傷つけられぬと言った」


 ナイフは男の胸にあたり、そのまま弾かれた。


「鉄の身体か!?」

「似たようなものだ」


 突進した男は処刑人の攻撃にさらされる、驚きで動きが鈍ったせいで完全に避けることはできなかった。男の首筋に薄く切れ込みが入る。


「終わりだ」

「これっぽっちの傷で俺が死ぬと思うのか」

「違うのだ、私の剣が首に触れた。それで罪は断たれる」

「また訳の分かんねえことを……」


 瞬間、首の傷が開き血が噴き出す。


「な、なんだこりゃあ!?」

「知らずとも良い、次は良き獣になれ」

 

 大量出血に伴って男の意識が急速に遠のく、身体が体温低下によってガタガタと震え出す。


「恐れるな、死は平等だ。選ばれし葬送が告げる、汝に安らぎあれ」


 処刑人が踵を返した、期待を裏切られたような悲しげな表情をしていた。


「悪いな、これじゃ死ねない」

「お前は……!?」


 大量の出血による不調がなかったかのように男が動く、先ほどとはまるで逆の状態であった。驚いた処刑人に男が攻撃を仕掛ける。


「首、だったな」


 男の爪が処刑人の首を撫でる。それだけで首は切り裂かれ、処刑人もまた男と同じ傷を負うことになった。


「お前があんまり血を抜くもんだから、人の真似ができなくなった。自業自得だと思ってくれ」

「人の、真似、いや、良い。なんでも良い、重要なのは、私に万に一つの好機が訪れたということだ」


 処刑人が剣を降ろす。


「降参、ってわけじゃねえよな」

「いや、そうなるだろう。お前は私を殺せる存在のようだ、それをいったいどれだけ待ったことか」

「待て、どういうことだ、まさか俺に殺してくれって頼むわけじゃねえよな?」

「そのまさかだ、私は疲れてしまった。殺し、弔うだけの私を哀れに思うなら、心の臓腑を貫いてくれ。どうやらお前はこちら側の存在、ならば問題はない」

「断る、人殺しはやらないんだ」

「私は人ではない、ただ殺し、ただ弔うだけの存在でしかない、選ばれし者としての使命を終えた今はただの肉塊に過ぎない」

「肉塊ってお前な」

「どうか、頼む、私はもう休みたい。私は自死できない、それどころか生半な攻撃では傷一つ付かないのだ。これ以上存在することは、苦痛だ」


 処刑人の目から涙が溢れる。


「どうか、どうか、終わらせて欲しい」

「……それ以外の道はないのか」

「ない、100年ずっとそれだけを望んでいた」

「分かった、これは人殺しじゃない。人助けだと判断した」

「すまない」


 処刑人の胸を男の手が貫く、鋼鉄を遙かに凌駕する心臓を確かに破壊して。


「ああ、心地良い、これが、終わりか」

「そうだ。ゆっくり眠りな」

「貴殿に、重荷を背負わせた、すまない」

「別に良い」

「役に、立つか、分からぬが、私の、剣を持っていけ、それは、葬送用の儀礼剣だが、使えるはずだ」

「分かった、ありがとう」


 少しずつ処刑人の力が抜けていく。瞳は光を失い、腕はだらりと垂れる。


「ああ……待たせたな……遅れたが……きっとおいつく……なに……おいかける……のは……とくい……なんだ……はなす……ことも……たく…さ……ん」


 処刑人の動きが完全に止まる。


「なんだか分かんねえが、これで良かったんだ」


 処刑人の目を閉じさせた後に男は亡骸を埋葬した、幸い近くに埋められそうな場所はたくさんあった。


「んで、これを持っていけと」


 処刑人の残した剣、丸みを帯びた儀礼剣の刀身には見覚えのない文字が書かれていた。


「なんだ、れ、いえ、む? あれ、なんで読めたんだ? まあいいや」


 混乱しながらも男は祭壇から離れていく、先ほど自分が看取った男が誰なのか、持っている剣が意味することは何なのか、何一つとして分からないままに。




















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