ま、まさかね~
空が青い…。
何故俺が大の字で仰向けになって倒れているのかといえば、先生との訓練でボコボコにされたからだ。数週間前、突如として「ハルトは魔導士としての才能がない」っと衝撃発言をされた。
落ち込む俺に先生は「けれど」と続けた。
「魔法の才能がすべてではない。実力とは生き抜くすべての要素のことだ。足りないなら他のもので埋め合わせればいい」
そう言って先生は俺に木刀を渡してきた。
「今日からは強化魔法を主軸にした近接戦闘の訓練を始める。魔法はあくまで補助だと思え」
「………」
「何か言いたげだな」
「先生って剣とか振れるのか?」
「………なるほど、確かに想像しづらいか。では実演しよう」
「んッ!????」
たちまち閃光が走り、強烈な衝撃と痛みと共に火花が散り、視界が白色に染まる。
気が付けば、痛みに悶え俺は地面に倒れ伏していた。涙目で、先生を見ると相も変わらず無表情で俺のことを見下ろしている。
「最低でもこのくらいはできるように教育していく。安心しろ、私の見立てでは君は剣の才がある」
嗜虐的でありながら赤面するほど美しい笑みを浮かべた先生はそう言い放った。
その日から、地獄の日々が始まった。朝起きてから、まず素振りを行い先生に教わった型を確認する。朝食を食べ終わった後、先生と打ち合いボコボコにされるまで戦い、ゲロを吐きながら気絶。姉弟子であるツバキの魔法の鍛錬を先生が視ている間に休憩し、先生が戻ってきたらまた戦う。
さらにボコボコにされた後に先生から改善点を教えられ、再度素振りをする。少しして先生が休憩し終えたら、また先生にボコボコにされ、ゲロを吐く。休憩したのち、最後に、ツバキと模擬戦をして終了。先生の回復魔法で傷を癒され、ようやく解放される。
これが半年ぐらい続いたころには、ゲロを吐くことはなくなっていた。
鍛錬を終えて、ヘロヘロのまま部屋に戻るとツバキに「あっれ~、ゲロト君はもうへばっちゃったのかな~」っと馬鹿にされる日々とはおさらばだ。
ツバキとの模擬戦でも強化魔法のみの近接戦闘においては、互角以上に戦えるようになっていた。
「どうした?腹黒お嬢様、ぐうの音も出ないか?」
「くぅぅぅぅ!うるさいです!!!」
そして、木刀を握ってから7か月…俺は初めてツバキに模擬戦で勝利を収めた。物覚えの悪かった俺はここまで先生の期待に添えた結果を残していなかった。魔法の才がないと言われたときは、かなり絶望もした。けど、先生は俺を決して見捨てなかった。自分を信じろとやりたいことがあるんだろう?っと励ましてくれた。だからここまでやってこれた。
「上出来だ、よくやったなハルト。頭でも撫でてやろうか?」
「いらねーよ!」
その時初めて俺は、自分の何かが報われる喜びを知った。俺は強くなれている。俺はやれる。このまま強くなれば、俺はあいつらを殺せる!!!
「そういえば、ついに王都の方でも『強者喰らい』の被害者が現れたらしいですよ。先生はしってました~?」
木製の机に置かれた、紅茶のポットにお湯を注ぎ茶葉が開くのを待っているとツバキが話を振ってきた。ツバキはまっすぐとした黒い長髪を流す美しい少女だ。この世界にも日本に似た文化がある地方があるらしく、極東のある島の由緒正しい家の出らしい。いわゆるいいとこのお嬢様だ。その名残か、素の時でさえも品の良さがうかがえる。
容姿も端麗で、前髪は額の位置で切り揃えられ腰まで伸びる長い黒髪も絹のように滑らかで、好んで着物を着ている彼女はまさに大和撫子を体現したかのように見える。ただ性格は中々に腹黒く、私かハルト以外には基本猫を被っており、お嬢様モードになっている。
「いや~、何者なんでしょうね?武勇や知略、才能にあふれたものばかりを狙う『強者喰らい』。最近だと、Sランクの冒険者が惨殺されていたらしいですよ?最高ランクの冒険者を殺められる実力……いや~、私も狙われないか心配です~」
「俺に負けるような奴には『強者喰らい』も興味ないだろ」
ツバキの言葉にハルトがメスを入れた。
「あは~、一回まぐれで勝ったぐらいで調子に乗らないでもらえます?」
「ハッ、負け惜しみが聞こえるぜ!」
「まあ、魔導士に剣で勝ったぐらいで喜ぶ童貞にはわかりませんか」
「童貞関係ないだろ!!!」
争いがヒートアップしていくのと反比例するように茶葉が開いていく。そろそろ頃合いだろうか?
「ハルト、ツバキ。暴れるなら、外でやりたまえ」
そういうと、渋々といった表情でお互い引きさがる。
「…結局『強者喰らい』の正体って何者なんでしょうね?先生教えてくれたりしません?」
ここ二年間、誰も捕まることはおろかはっきり目撃すらできていない謎の人物である『強者喰らい』は、被害者がこと切れる前に残した一言から、男ということだけは分かっている。しかし、それ以外は何も分かっておらず、目的もどんな人物なのかも不明だ。ただ一つ確定しているのは奴が狙うのは、栄華を極めた権力者や武芸や知略などの才能あふれる者達だけを狙うということだ。
「何か勘違いしているようだが、別に私は何でも知っているわけではないぞ」
「…まあ、そういうことにしておきましょう」
ジト目でこちらを見てくるツバキの視線を受け流しながら、そういえば六番目の弟子が天才に対して病的なまでのコンプレックスを持っていたなっと思いだした。
『先生……俺は誓ったんです…凡人であっても天才を下せると証明すると。それだけが俺の生きる意味なんですよ』
弟子の中でも数少ない私が直接的に力を与えた少年の顔がちらつく。
ハハッ、まさかね。
「ひ…卑怯者め…グフッ………」
夜が最も深くなる時間。王都のはずれの路地で一人の男の命の灯が尽きようとしていた。
「多くの人を巻き込み……俺を…罠に、嵌めてま…で……」
息苦しそうに顔をしかめる男を見下ろしながら、少年は嗤う。
「人を使い、場所を使い、情報を操り、罠を張り巡らせる。どれも勝つために必要なことだ」
「……クソ、本来の俺の実力なら…。このような汚い手を使うとは…恥を知れ」
「はは、自分の実力不足を棚に上げるなよ…いいか?この世界で生き残るための手段をすべて含め、実力というんだ。お前が言っているのは実力の一側面に過ぎない。まあ、魔女の受け売りだがな」
少年は剣を振り上げる。
「まあ、何が言いたいかというとだ」
少年は剣を振り下ろした。男の頸動脈は斬られ、吹き出した血液は空を舞い、男の全身と真っ白の石畳の床を真っ赤に染め上げた。
「——————天才は死ねってことだ」