第099話 開放
前回のあらすじ
始まったな。 by 冬月 じゃなくて、森月
「あんちゃん、あんた何でここに来たのけ? これけ、これ?」
刑務所の農園で芋掘りの最中そう言いながら指で卑猥なポーズをとる老人は、この刑務所の主と呼ばれている。気に入らない相手には巧妙ないじめをして被害者は看守の機嫌を損ね刑期が伸びるので、誰も逆らえない。
「いえ、あ、まあ」
キャフは笑ってごまかす。ここに来て愛想笑いだけはうまくなった。
「ほら、そこ、私語するな!」
看守は直ぐに2人を見つけ、指導する。
主は何か言いたそうだったが、作業を再開した。
あの後,キャフは裁判での奮闘も空しく有罪判決を受けた。
魔法協会で犯した術式捏造の罪もあるので、執行猶予はつかず実刑だ。
この刑務所にいるのも、いつ迄か分からない。
アルカトロズに飛ばされるのは、あいつの気分次第だろう。
(しっかし、何でこうなったかなぁ……)
する事も無く暇な牢獄で、何が悪かったのか反芻する時もあった。
畜魔石の発明が悪かったかと言われると、魔法使いとして新しい技術は開発すべきだし、悪いとも言えない。術式のチューンナップをしたからと言って,他の魔法使いもやってるし、あれぐらいで処罰されたら魔法使いがいなくなる。
アースドラゴンを倒したのがまずかったかと言われると、当時助けを求めていた辺境の人々もいたし、悪いとは思えない。シェスカさんの陰謀だったなんてあの頃は知る由も無い。
魔法使いにならなきゃ良かったかと言われると、偶々だがキャフ個人に魔素が多かったし、魔法をやってみると楽しかったし、素質はあったのだと思う。それを否定されても困る。
そうやって段々と遡っていくと、「そもそも生まれて来なきゃよかったのか?」なんて危険思想に辿り着いてしまう。
どっかの文豪みたいに「生まれて来てすいません」なのか? オレはそんなに悪いのか? まあ微罪があるのは否定しないけれど、何度考えてもそこまで言われる筋合いはない。
強いて言えば、「運が悪かった」のかも知れない。
やはり何度考えても良く分からなくなり、頭がクラクラする。カビ臭い牢獄にいるとこんな悲観的な考えばかりになるが、自殺をするほどまでに繊細なキャフでは無かった。
「ほれ、休憩だ。十分休め。私語禁止」
チンピラみたいな看守の命令に,どの囚人も従う。人相も悪く、シャバで何をしてきたのか怖くて聞けない奴らばかりだ。とにかく喧嘩に巻き込まれないよう、巧く立回ることだけを心がけるキャフである。いつものように他の囚人達と離れて腰掛けた。
その時だ。
ドガーン!
「な、何だ?」
刑務所の壁の一画が壊れ、巨大なモンスターがなだれ込んできた。クムールで見た、魔獣亀だ。
しかも一匹じゃない。
背に兵士達を乗せ、後から後からドタドタと侵入してくる。
「なんじゃ?」
「亀?」
呆気にとられる囚人達を尻目に、魔獣亀の軍団は刑務所内を壊して回った。
「やめろー!!」
看守達が右往左往している。もしかして脱獄のチャンス?
ただその前に、魔獣亀軍団の襲撃で、キャフ自身の身も危ない。とにかく怪我をしないよう、逃げ回った。
他の囚人達も考える事は同じで,逃げながら脱獄を試みている。
あの壁の穴の向こうに自由があるなら、行きたい。
しかしそこには、魔獣亀軍団が立ちふさがっていた。
そしてそれも、唐突だった。
「ファイアビーム!!」
女の子のかけ声がしたかと思うと、穴が空いた壁から凄まじい炎が立ち上り、一瞬にして魔獣亀数匹が真っ黒濃げになる。
ギュアォオアア!!
急な魔法攻撃に、魔獣亀達が混乱し始めた。更に炎の魔法が発動し、一匹、また一匹と倒れていく。クムール兵士達にも動揺が走る。一度下りた兵士達も慌てて魔獣亀の下に駆け寄るが、暴走する他の魔獣亀に蹴り飛ばされたりと、統制がとれなくなっていた。
(今の声……)
しばらく聞いていなかったが、多分あいつだ。
とにかく騒ぎは、壁際で大きくなっている。
魔獣亀も、壁から逃げるようにして怯えていた。
兵士達は扱いに困っている。
「イキり師匠、どこですかー?」
遠くで、今度は違う声もする。良く聞き慣れた声だ。
これは、もしかして……
キャフは声のする壁の方に、走っていった。
「おいキャフ? ……あ、いたな」
そこには、あの3人が馬上にいた。
フィカは単独で、もう一頭はミリナが手綱を操り、ラドルは後ろに乗っている。
気がつくとキャフの目は涙で溢れていた。
「お、お前ら、奴隷にされたんじゃ……」
「は? 何の事だ? あんなオヤジ達、泣いて同情ひいたらチョロいもんだぞ」
「美人は得だニャ♡」
「素っ裸にされて男共に裸見られたんじゃ……」
「へ? アルジェオンなんだからそんな事あるか。女性の看守だったぞ」
3人の笑顔が、キャフにとって癒しになる。
自分のせいで辛い体験をさせていると思っていただけに、安堵した。
「そ、そうなのか…… 今まで何処に?」
「イキり師匠を待つために、近くで家借りて潜んでたんですよ」
「そしたら魔獣亀とクムール兵達が襲って来たから、チャンスと思って来たんだニャ」
「そ、そうだったのか……」
かえすがえすも疑って悪かったと思う、キャフであった。
「それより、出るぞ。乗れ」
フィカの言う通り、フィカの後ろに乗る。
「どこに行くんだ?」
「イデュワだ。やばいことになっている」
フィカは鞭を入れ、馬を走らせた。ミリナも後に続く。




