第098話 襲撃
前回のあらすじ
え? 敵の皇帝ってオレより年下なのに、結婚してんの? くぅう〜
───アルジェオン東端にある辺境の地、スノ村の朝は早い。
未だ陽が昇らない早朝、ケニンは日課である畑の見回りをするため村を出た。第七師団兵として三十年、満期退団後の住処をこの地に選んだのは、モンスター達に愛着があったからかも知れない。
高台にあるこの村は、右手の南方にペリン山脈、左手の北は世界樹がそびえていた。この二つを同時に見られる風光明媚な土地として人気である。訪れる観光客相手の商売が村の主な収入源だ。
眼下に広がる草原に住むモンスター達は、低ランクなので扱いやすい。
時折観光客と一緒に馬車でモンスター観光案内をすると、チップも弾んでくれる。老後の生活には十分な稼ぎだ。
温暖な気候であるこの地域でも、冬の訪れを感じさせる寒い朝であった。
吐く息が少し白くなる。
ようやく昇り始めた太陽は、まだペリン山脈の山頂部しか照らさない。
山頂には雲もかかっておらず、初冠雪がキラキラと輝いている。
村が起きるのは、もう少し後だ。
ケニンは若い時に結婚したが、妻は異動の多い生活に辟易し、子供の独立と共に家を出て行ってしまった。それ以来、気ままな独身暮らしをしている。
軍でサバイバル術を学んできたケニンに取って、自活する生活は煩わしい人付き合いも少なく丁度良かった。妻には申し訳ないと思いつつも今はすっかり馴染み、彼女達のことは諦めていた。孫もいるらしいが会ったことはない。
齢を取ってからの独身生活も、気ままで良いものだ。時々観光できてくれるお客の未亡人とも、最近手紙のやり取りをするようになった。また来月もくるそうだから手料理でもてなそう。
そんなたわいもない事を思いながら、いつもの静かな朝が始まる、はずであった。
だが、日常が長く続くとは限らない。
いや、続く方が貴重なのかも知れない。
??
見慣れたモンスター生息域の草原が、何時もと違うように感じる。
まだ明るくないので、初めその違和感が何かは分からなかった。
だが目を凝らすと、その正体が分かった。
何か,いる。
普段見るモンスターとは全く違う集団が、遠くからやってくる。
揺らめく姿は草原一面に広がり、どんどんと姿を大きくしている。
近づいている証拠だ。
辺境の地とは言えモンスターの襲撃は、ケニンが住んでからこのかたない。自衛の為に武器は常に携帯しているが、せいぜいゴブリンレベル数匹に対応できる程度だ。第七師団の駐屯地は、ここから遠く離れている。そもそもこの村に第七師団上がりの兵士達を住まわせる事が、防衛として機能していた。
そしてその正体が目に見えるほど近づいた時、ケニンは驚愕する。
モンスター達が、兵士を乗せている!
ゴゴゴゴゴ!!!
ありえない光景だ。しかもモンスターはかなり大きい。首が突き出た亀みたいな生き物で、甲羅の上には数人の武装した兵士が乗っていた。
走る足音が、勇壮なハーモニーとなってこだまする。
あんなに駆け足が早い亀なんて初めて見た。
第七師団の新兵器か?
ケニンは、そうも思った。だが彼らが掲げる大きな団旗は、アルジェオンのそれではない。それにアルジェオンでモンスターを軍が使うなんて、聞いたことがない。そもそもこの村目がけて突進してくる理由が無い。だが隣国であるクムール帝国は、ここからかなり遠い。
敵だ!!
ウォオオ!!
彼らの刻の声が聞こえるまでに迫って来たとき、ケニンは村へ戻ろうと老体にむち打って必死に駆け上がった。皆に早く伝えないと。倉庫にある大砲で応戦できるか……
ヒュッ!
グォオ!
だが目ざとく見つけたクムール兵に射られ、そのまま倒れ込む。
血がどくどく流れ、痛みでだんだん気が遠くなる。
悔しいが、もう駄目なようだ。
疾走する魔獣亀達を見上げながら、意識が薄れゆくなか別れた妻と息子を想い、ケニンは帰らぬ人となった。
魔獣亀軍団は、勢いそのまま村へとなだれ込んだ。柵なんて意味が無いほどにあっけなくぶち破られる。
目が覚めたばかりの人々は、慌てふためき逃げ惑った。
「きゃー!」
「うわ!」
ガッシャーン!
亀から兵士達が下りて、更なる惨劇が続く。
村のあちこちで、破壊音、略奪の悲鳴が上がる。
ドガーン!!
火薬庫が爆発したらしい。
武器の用意をしていた男達は、あっという間に天へと召された。
小一時間も立たずに、村は制圧される。
火薬と血の臭いが充満したなかで、村の家々は略奪の限りを受けた。
「これで終わりか。あっけないものだな」
隊長である男は、山のように積み上った戦果を見ながら言った。
アルジェオンでは日用雑貨だが、クムール帝国では到底手に入らない品ばかりだ。クムール兵達は歓喜の雄叫びを上げながら、好きな物を好きなだけ奪っていた。
今まで大切にして来た物が蹂躙され、ついさっきまで生きていた村人達の哀れな死体を見て,残された人々もこれから始まる恐怖におののくだけであった。
「残りの村人は、どうしますか?」
「勝手にしておけ。後続隊が来るから、まかせる。よし、のろしを上げよ」
隊長の命令でのろしが焚かれる。黄色をまぶした煙は空高く立ち上り、第一線の成果を祝福するかのようであった。暫くすると遠くの山で同じ色ののろしが上がる。向こうの部隊も首尾よく進んだらしい。
「上々だな。では食糧を略奪し、後方隊の到着を待って前進する」
「はい!」
クムールには無い貴重品や食糧をかき集め、兵隊達は嬉々としている。この調子なら、今日中に王都イデュワまで数十キロに迫る旧道地点に進軍できそうだ。あとは動く石像と魔導将軍様や鬼武将軍様の出番だ。魔獣亀に乗ってチグリット河を渡って来た先行部隊の隊長として、誇らしい気分であった。
「勝利は我にあり! 続け!」
「おぉおおお! 皇帝陛下、ばんざい!!」
焼け焦げて壊滅したスノ村を後に、意気揚々とクムール軍は進軍を再開する。
こうして,数年に渡るクムール・アルジェオン戦争の幕が切って落された。




