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第097話 皇帝ラインリッヒ三世

前回のあらすじ


脱獄か…… プリ◯ン・ブレイクでも見て、予習するか…… あれ、長いんだよな……

「やっと見えてきたな。宮殿は久しぶりか?」

「はい、最初に拝命された時以来ですね。あのとき、皇帝陛下は不在でした」

「そうか、じゃあ今日会えたら、良い機会だね」


シェスカとグタフを乗せた馬車は、帝都シュトロバルへと入る。一般用の入り口は長蛇の列でごった返しているが,皇帝直属の紋章が付く彼らの馬車はそのまま通り抜ける。


「相変わらず豪勢ですね」

「そりゃ、ここだけだからね。張り子の街さ」


 シェスカの言う通り、帝都の中は人通りがまばらである。


 宮殿に通じるこの大通りだけは、国の威信をかけ外国の要人にも見せられるよう立派に造られた。だがそれ以外の通りは薄い壁のビルや家で、外国人は立ち入り禁止になっている。貧しさは一目瞭然だ。


 正面に見える宮殿は真っ黒で、威圧感に溢れていた。


 巨大な門が開けられ、馬車を下り、宮殿の入り口に入る。

 今までの建物と異なり、何もかもが非常に大きい。

 まるで巨人の国に来たかのような錯覚を覚える。


 アルジェオン独立前の興隆を誇っていた数百年前の建築物と聞く。

 国力を示す為に奴隷を多数使い完成に数十年かかったらしい。

 階段の彫刻一つ見ても、意匠を凝らした素晴らしいデザインだ。


 玉座までの距離はかなり長く、大理石で敷き詰められた廊下が奥まで伸びている。時々家臣や召使い達ともすれ違うが、アルジェオンほど多くない。それよりもこの暗い空気に感化されたように、誰も彼も能面のように表情がなく、俯いて行交う様は味気なかった。


 この宮殿も、きっと応時は人々が行交い賑わっていたのだろう。

 だが今は、2人の靴音だけが(うつろ)に響く。


「こちらでございます」


 やっと行き止まりとなり、高さ五メートルはある立派な扉の前に辿り着く。衛兵が扉を開けると,そこは玉座の間であった。ピラミッドのように組まれた上に玉座がある。そこに通じる階段の手前で2人は跪く。


「皇帝陛下が来るまで、待っておれ」


 グタフは真剣な面持ちで、微動だにしない。

 一方シェスカは笑みを浮かべ、余裕の顔をしている。


「皇帝陛下の、おなーりー」


 ジャーーンと派手に、ドラが鳴らされた。

 皇帝がお見えになったらしい。


 だが顔を上げろと言われないので、そのままの姿勢でいる。

 とにかく,粗相の無いようにしなければならない。

 グタフは一層緊張し、心臓がバクバクする。


 玉座の方で人の動きがあり、やがて座ると静かになった。

 お付きの者が玉座に入り、奥でヒソヒソと声が聞こえる。


 しばらくするとお付きの者が出てきて、2人に、


「『遠路はるばるご苦労。大儀であった』、と仰っています」


 と告げる。


「は、ありがたき幸せでございます」


 グタフは感謝の辞を述べ、軽く頭を上げる。

 玉座はすだれに覆われて、中にいるであろう皇帝の姿は見えない。


 身分が違う者同士では言葉を交わさず直接見ないのが、クムールのしきたりだ。あの農村でも近寄って来たのは子供達だけで、大人たちは馬車が通り過ぎるまで家の中にいるかその場で座り顔を伏せていた。


 だから玉座にいる皇帝に対し、グタフも同様に接する。

 だがシェスカは逆らうように、立ち上がって喋り始めた。


「なんだい、久しぶりに夕食会するって言うから来たのに、随分つれない態度だね?」


 フランクな態度に、グタフは内心驚き冷や冷やする。


「あんたが泣くのをあやしたり、一緒にどろんこ遊びしてあげたの、覚えてないとは言わせないよ?」

「……分かったよ、シャルロッタ伯母さん。すだれを上げよ」 


 若くよく通る声がここまで聞こえる。シェスカが滅多に使わない本名も知っているから、昔からの知り合いだと言うのは本当らしい。


「は、しかし……」

「余の命令じゃ」

「は、はい!」


 命令に従いすだれが上がると、そこには皇帝ライリッヒ三世と思しき人物が豪勢な金の刺繍が施され数多の宝石がちりばめられた玉座に座っていた。


「そっちへ行くよ」


 皇帝は立上がり、玉座から階段を下りてくる。背は高く二メートルほどか。その衣装は、意外にも質素な帝民服だ。思わず見入ってしまうほどにその顔は美しく、女性とまがうほどであった。クムール人らしい黒髪だが、碧色の目は珍しい。街中にある肖像画よりも実物の方が若く見える。


(かなり、できるな……)


 グタフは、瞬時に皇帝の実力を見て取った。Sランクであるグタフの比では無い程の魔素がある。加えてその体格から判断して、剣士としても一流のようだ。シェスカが本物だと言う意味が分かった気がした。


「久しぶりだね、伯母さん。今日は来てくれてありがとう。この魔導師は?」


 先ほどとは打って変わって砕けた口調にグダフは戸惑い、再び頭を下げた。今日は夕食会であるため身分を示す為に、魔導服を着ている。シェスカは黒を基調にした、落ち着いたパーティードレスだ。


「アルジェオンから来た、グタフィレスよ。畜魔石(チャージ・ストーン)の開発者」

「ああ、あれか。あのおかげで勝算がついたのだ。礼を言う」

「は、ありがたき幸せ!」

「まあ、気楽にせよ。じゃあ、どうする? もう食事にするか?」


「そうね。それよりこんな服でも良かったの? 夕食会と聞いていたからわざわざ着替えて来たのに。皇帝陛下が帝民服なら、私達も合わせた方が良い?」


「大丈夫だよ。今から戦争する国の皇帝が派手な服を着ていたらまずいでしょ? 伯母さんはそれで良いから」

「今日は、あの2人は?」

「ああ、既に前線に行った。そろそろだからね。今日は前祝いに伯母さんを呼んだんだ。客人は、伯母さんと君だけだ」

「そうなんだ」

「じゃあ食事にしようか。積もる話もあるしね」


 そう言うと、ラインリッヒ三世は隣の間へ2人を連れて行く。

 長いテーブルに、4人分の席が作られていた。


 皇帝は中央の一画に座り、長い面の左右にシェスカとグタフが座る。

 皇帝の左隣の席は空いたままだ。

 給仕達が各自のグラスにシャンパンを注ぐ。


 皇帝の背には、天井まで届くような大きさの王族らしい人物の肖像画が飾られていた。


「あれが、彼のお父さん」


 シェスカが説明する。確かによく似ている。

 シェスカとも面影が似ているから兄妹なのだろう。


 夕食の準備も出来たので、皇帝はグラスを手に取り挨拶を始めた。


「では本日は遠路はるばるようこそ。クムールの勝利と栄光に、乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯!」

 

 宮廷楽団が奏でる音楽をBGMに宴が始まる。

 


 グタフはテーブルマナーに慣れていないが、皇帝とシェスカの所作は完璧で、生まれの違いを感じさせた。給仕達の働きぶりも見事だ。


 帝都シュトロバルは海に近く、内陸の王都イデュワと違って魚介類が豊富である。アルジェオンに無い魚も多く、グタフは豪勢な料理に舌鼓を打つ。


「その空いてる席は?」

「ああ、もうそろそろ来るかな」


 丁度そのとき扉が開き、召使いに伴われ、女性がやってきた。

 長い黒髪が綺麗な、凛とした女性だ。

 やはり皇帝と同じ質素な帝民服を着ているが、一目で位の高さが分かる。


「初めまして」


 女性は挨拶する。仕草の一つ一つが優雅で、グタフは見とれてしまう。


「妃のヴィルフィミナだ」

「あら、結婚したの?」

「まだ公にはしてないけどね。アルジェオン攻略後、宣言する」

「おめでとう!!」

「おめでとうございます!」


 まさに美男美女の組み合わせだ。帝国のシンボルとして映えるだろう。

 酒は進み、昔話に花が咲き、宴は夜更けまで続いた。



 そして翌日、


「またね」

「ああ、またな」 


 皇帝と別れの挨拶を交わし、2人は宮殿を後にした。

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