第096話 裁判 ※
前回のあらすじ
落としのトクさん、キャフから自白とれず。
「被告人、出よ」
「ほら、行け」
裏で待機していたところを係員に促され、キャフは被告席のある法廷へと向かう。そこはキャフが普段いる場所の数倍も眩しく、初めは何も見えずにふらふらと目まいがした。
やがて眼が慣れると、高い仕切りの向こうで劇の開始を今か今かと待ち構え登場したキャフに好奇の目をそそぐ聴衆や、厳かな法壇にいる型通りの裁判服を来た無表情な裁判官、その下で細々しく作業する書記官や事務員達が、木造のシンプルな部屋の中で待ち構えていた。
1人だけ粗末な囚人服で、恥ずかしくなる。
一応新品を支給されたが、彼らの服装とは比ぶべくもない。
今から始まる裁判で、自分の運命が決まる。
だがキャフは、何処か他人事であった。
容疑が実際と違い過ぎ、現実離れしているせいだ。
壁に阻まれているが、市井の人々を見るのは久しぶりである。クムールの子に較べ血色が良いなとか、魔導師関係はいねえなとか、全く違うことを感じていた。
護送馬車の中でも私語は厳禁でキャフは精神状態が落ち着かず、今から質問されてもうまく喋る自信が無い。しかしここに居る人達は、本当にオレをムナ皇子の誘拐犯だと思っているのだろうか? 無数の目がキャフを責め立てているようで、良い気はしない。
「では裁判を始める。被告人、王都イデュワ在中の魔導師キャフで間違いないな?」
「ああ」
「ムナ第四皇子の誘拐を認めるか? 行方不明であるが、遺体が発見された場合は殺人罪も適用される」
「だから誘拐してねえって。モドナにいる皇子の執事達にも聞いてみろ」
「そもそも、彼らが捜索願を出したのだ。お前が容疑者として真っ先に上がっている」
「あ、ああ……」
確かにキャフも、証明が難しいと感じていた。トクさんとのやり取りでも、皇子を連れて来ない限り納得しないようだ。今更ドラゴンとなった皇子を連れてくるなど不可能であり、そうなるとキャフに容疑がかかるのは致し方ない。かといって罪を認める訳にはいかない。
(無理ゲーだろ、これ)
そう思いながらやりとりをしていると、裁判長が座る法壇の上階に誰かがやってきた。貴賓席のようだ。何気なくその席を見ると、この法廷で唯一見知った顔にキャフは驚愕した。
リル第三皇子。
「あ、てめえ、はめやがったな!!」
キャフは思わず叫んだ。無理も無い。この旅の元凶が直ぐ側に居るのだ。
キャフは怒りと混乱で血が逆流し、下手すると倒れそうだった。
一方彼は、キャフの言葉を聞いても苦笑いして顔をしかめるだけで、何も言葉は発しない。
「被告人、静粛に。本日は特別に、親族代表としてリル第三皇子が拝聴に来られたのだ。これ以上の無礼は判決にも影響を与えるぞ」
裁判長が、キャフを咎める。キャフの対面に立ち、今日初めて会ったキャフの弁護士も困った顔をする。小太りで人が良さそうな顔付だ。少し言葉を交わしただけだが、全くの無能であった。
キャフは周りにかまわず、大声を出す。
「そうか、分かったぞ。全てお前が仕組んだな? シェスカさんとグタフにけしかけたのか? あ、それとも元からグルなのか? それなら辻褄があうな、きさま、ふざけんな!! アルジェオンを潰す気か!!」
「静粛に!!」
ガーンと裁判長が思いっきり叩いた木槌は、先が取れて聴衆の方へ吹っ飛んでいった。「いた!」と声を上げてお婆さんが倒れる。慌てて係員が駆け寄り外へ連れて行った。
「裁判長」
おどおどしながら、キャフの弁護士が発言を求めた。
「どうも彼は誇大妄想の癖があるようです。精神鑑定を求めます」
「異議あり!」
相手の弁護士が反論する。喧々諤々と議論が続いたが、法律用語に馴染みの無いキャフにはチンプンカンプンであった。延々とお互いの説明が続く。
先ほどの衝撃で頭がスパークしたキャフは一気に虚脱状態となり、聞かれても「ああ」「はい」ぐらいしか返答できなくなった。尤も、罪状は頑に否認した。
(ああ、つまんねんな……)
茶番を聞き流しながら、キャフは大きな憤りを感じていた。あいつがかんでいる以上、キャフの有罪は免れないだろう。それだったら何をしても無駄だ。アルカトロズが現実味を帯びてくる。
「それでは、閉廷する」
いつの間にか終わったらしい。「ほら、行け」と、退場を促される。恐らくこの様子を見ていた絵師が、明日の瓦版にでも面白おかしくかき立てるのだろう。頬もこけて普段からある無精髭が更に濃いので、極悪人として描くにはちょうど良いかも知れない。
監獄に戻ったとき、何時もとは違う通路を通らされた。このまま行けば、あの3人が放り込まれた部屋の前を通る。
(元気でやってっかな?)
看守も人の子、キャフを気づかってくれたのかも知れない。そう思って期待しながら通ったが、3人の姿は既になかった。
「あれ、あいつらは?」
拍子抜けして、思わず尋ねる。
「ああ、お前の仲間か。もう裁判も終わって判決済みよ」
「どうなったんだ?」
「さあな。奴隷として売られて誰かの慰み者になってんじゃねえのか? みんな可愛いからな。俺も金があったら1人欲しかったぜ」
(!!)
下衆な看守を殴ってやりたいキャフであったが、手錠をされている今、抵抗は不可能だ。
「ほら、入れ。判決でるまで此処に居ろ」
すっかり絶望したキャフは、牢獄でうずくまるだけであった。




