第093話 地獄への入り口
前回のあらすじ
キャフ、イキり師匠と命名される。
その後ろ姿を見た時、キャフを除く3人は灰色狼かと思った。
大きいのは大きいが、今は昼間だから月で巨大化はしない。これなら、やれそうだ。
だが近づくにつれ、それは予想より遥かに大きかった。
森の一番高い木と同じくらいだから、高さ30メートルほどの巨体だ。
そして、頭が三つある。
「地獄の番犬だな」
キャフは、知っていたかのように言う。
「え、何であんなのがいるニャ?」
「ここ地獄じゃないですよね? まだ私達、死んでないですよね?」
思いがけないモンスターに気が動転し、2人は足が震えている。
「ああ。だがアースドラゴンは大地を統べるドラゴンだろ? 地底もあいつの領地なのさ。あいつ地獄の番犬をペットにしてたらしくて、門番をしてるって訳よ」
『皇子、ちょっと聞こえますか? あんたのせいで大迷惑なんですけど?』
通魔石でコンタクトを試みるミリナだが、なしのつぶてである。
「えぇ、あんなの、倒せるんですか?」
「倒せないと王都には戻れんぞ。幸い、反対側から来ると思ってないから、まだオレ達の存在には気付いてないようだ」
「どうする、キャフ?」
場数を踏んでいるだけあって、フィカは冷静だ。
「この4人で一番強い型で、やるしかあるまい。ただ問題は……」
地獄の番犬の左側の頭が、何かを吐こうと一呼吸置いている。
そして……
「魔法も使えるんだよな」
ボオオゥウウウ!!!!
「うわぁああ!!」
火炎放射器のように、その口から炎が激しく吐き出された。ランクアップしたラドルの炎系魔法が、マッチの火に見えるくらいの凄まじい威力だ。10メートル四方が黒焦げになっている。
「オレが倒した奴と同じかな。それなら右は氷で、真ん中は電撃だ。SSランクに近い威力だな」
「これも瞬殺だったニャ?」
「ああ、上空から撃てば、攻撃避けるの簡単だったし」
「イキり師匠、またそんな使えない技言うの止めて下さい」
「ああ、悪かった。じゃあ左がオレ、右がフィカ、真ん中がラドルで、何時も通りミリナが指示を出してくれ」
「分かりました」
「まあ、SSランクと言っても、ランクA以上は時間のかけ方で何とかなる。それにデカ過ぎるから、小さいオレ達を捕捉しづらいんだ。お前らなら大丈夫だ。自信持ってやれ」
キャフのアドバイスに,3人は勇気づけられた。
2人の震えも止まり、ラドルの尻尾もシャンとする。
「よし、いくぞ!」
キャフのかけ声と共に、3人は散開を始める。
ミリナは、後方の目立たぬ場所で指示だ。
『まだ気付いてないようです。バレないように草に隠れながら近づいて下さい』
『おお』
『分かった』
『了解ですニャ』
確かに図体がデカい分、身の回りを気にしていないようだ。
気晴らしか、時折それぞれの頭が氷玉や電撃、炎を出し森を破壊している。
動物達からすれば良い迷惑だろう。
倒れる樹木や魔法攻撃に気をつけながら、3人は担当の頭に近寄った。
まだ歩いているから、攻撃はしづらい。
すると、前方に大きなリンゴの木が現れた。
地獄の番犬は三つの頭ともかぶりつく。
どうも好物らしい。
動きも止まり、一心不乱にムシャムシャ食べている。
『今です、3人同時攻撃!』
ミリナのかけ声とともに3人は隠れていた草叢から現れ、攻撃を始めた。不意をつかれた様子の地獄の番犬は最初の一撃でダメージを受けながらも、反撃を開始する。
ウォオオンン!!
『ヒット&アウェイでやれ!』
『分かった』
『はいニャ!』
森で障害物が多い分、向こうも捕捉しきれないようだ。それに三体に同時攻撃だから、相手も闘う対象に戸惑い、頭がぶつかったりしている。
フィカの剣技は冴え渡り、ラドルは魔法の威力が弱い分俊敏な動きでカバーする。キャフは昔の経験で地獄の番犬の動きを覚えており、予測でかわしていった。
だが流石にこのランクを相手にするのは、骨が折れる。
『ごめん、ミリナちゃん、回復お願い』
『分かった』
『こっちももう少し後で頼む』
『はい、フィカさん』
2人は体力が少なめなので、回復魔法が必須だった。時折ミリナのサポートで攻撃を続けていく。幸い、地獄の番犬に回復魔法はないようだ。
ギャウオォオオオンン!
数時間の格闘の後、断末魔の悲鳴をあげた地獄の番犬は大きく横倒しになった。バキバキバキと、森の一画が潰れる。何とか倒せた。
「やったな。フィカ、魔法石を取ってくれ」
「ああ、分かった」
フィカの剣で腹を切り裂くと、中から紫色の魔法石が出て来た。
これを持っていけば、Aランク確実だ。
「やりましたね!」
「ああ。だが油断するな。生きて帰るんだ。まだモンスターはいるからな」
「そうだな。日も暮れそうだし、ここで休むか」
フィカの提案で野宿となる。リンゴが沢山あるから、そのまま食べたり煮リンゴにして美味しく頂いた。森の中なのでミリナがシールドを張り、寝袋で安全に休む。渓谷から離れたこともあって、今日の風呂は無しだ。シールドを半透明にしたので、星空が綺麗に見える。
「キャフ師、いつもありがとうございます」
突然、隣で寝ているミリナが言った。
「思ったより早く、ランクアップできそうですね」
「ああ、そうだな。そう言えば、これからどうする? 医学部行くのか?」
冒険の合間に行った修業の成果もあり、彼女の魔法はかなりのレベルに上がった。今いるモンスター生息域を抜けて王都に戻れば、魔導師試験を受ける資格も与えられるだろう。そうすれば将来の幅も広がる。
直ぐ魔導師になる必要がなければ、当初の約束通り大学進学を考えるべきかも知れない。
「そうですね…… 数年後、また戻って来ても良いですか?」
「ああ、その頃には教えられる事も減ってるだろうけどな」
「私、研究にも興味あるんです。通魔石もまだ解明できてない部分がありますし」
「そうか、それなら良いぞ。数年後だったら多分オレの家でやってるぞ」
「わたしも、きっと未だいるニャ」
ラドルが横から口を挟んできた。
「私も第七師団に入るだろうから、魔法の件で聞きに行くかも知れないな」
フィカも嬉しい事を言う。
「じゃあ、この旅終わったら、オレもしっかりしなきゃな」
「そうですよ、キャフ師」
「師匠、頑張るニャ!」
「頼むぞ」
何故か3人から励まされ、眠りにつくキャフであった。




