第091話 シェスカとグタフ
前回のあらすじ
色んな意味でキャフのライバル、一時退場。
───数日後、クムール帝国にて。
シェスカとグタフは馬車に乗り、帝都シュトロバルへ向かっていた。
キャフ達が彷徨った砂漠のジャングル側と違い、2人が治める魔法学校と駐屯地からは北東へ伸びる街道が通じている。帝都への道程は遠いので未だ陽が昇らない頃に出発し、今はモンスター生息域を抜けた辺りだ。
そこには農村地帯が広がっていた。今は収穫期だ。客車から見える街道沿いの田んぼでは、農夫達が家族総出で稲を刈り取っている。
「貧しいだろ? クムールは。今年の収穫はそこそこらしい。だが戦争準備で年貢はいつもより多目に徴収するそうだ。彼らの暮らしは大変だよ」
シェスカは自虐的に言った。
確かに彼らが刈り取る稲穂は、アルジェオンのそれより明らかに貧弱である。それにアルジェオンでは魔法で動く魔導機具も使うが、こちらは手作業だ。ただ貧しいながらも子供や年寄りも含めた大家族が歌いつつ楽しんで収穫する様子は、それはそれで趣がある。
もっともグタフは王都イデュワの出身で、ホワイトカラーの家庭で育った。なので、農村は旅行でしか見た経験がない。だから見慣れぬ風景に特段の感心も感傷も無かった。
「あの畜魔石、あいつらに使わせた方が良いと思った?」
「い、いいえ。使い方は私には関係ありません」
意地悪な笑みを浮かべたシェスカの質問に、グタフは極力冷静に答える。
今から、皇帝ラインリッヒ三世に謁見する予定である。本来なら名誉だけれど、それがグタフを憂鬱にさせていた。うまく取り入れれば、クムールでのグタフの地位は保証されたも同然だ。だが既にキャフ達を取り逃がしている。更にもう一度ヘマをしたら、公開処刑は免れない。
皇帝の個人情報が少ない現状では、どう動くのが正解か分からず不安であった。馬車の客車で対面に座る二人だが、グタフは時折イライラしたように、人差し指で肘掛けをコツコツ叩いている。
「初めて行ったアルジェオンの街はモドナだった。夜の明るさに驚いたよ。それに、あの開放感。帝都とはえらい違いだ」
グタフの心を知ってか知らずか、遠い目をしてシェスカは話を続ける。
帝都の印象は、グタフも同意だった。初めて訪れたときは忘れられない。まるで要塞のように全てが壁で囲われ、帝都そのものが黒を基調にした城であった。他者を拒絶する壁が息苦しかった。
ただアルジェオン建国より古いだけあり、その歴史的な建築物は一級の芸術品でもある。今では再現できない、失われた技術も使われている。
「帝都の暗さは今も昔も変わらない。それに対しアルジェオンの人達は温かかった。というか,人を疑う事を知らなかったね。風来坊の私にも分け隔てなく優しかった。野ざらしの死体なんて見たこともないんだろう。信じられなかったよ。そんな人間がいるなんて」
「そうですか」
「これでもいっぱしの身分だから、クムールでは何不自由なく暮らしていたんだ。でも宮殿では、人が簡単に死ぬ。先代皇帝の毒味役が何人死んだかなんて、誰も数えてない。私も殺し慣れたけど、親に暗殺されかけたのには参ったね。とにかく殺人なんて、ここでは飯を食べるぐらい日常茶飯事なんだ」
「そうなんですか?」
「そうさ。でも、一日で行けるくらい近い国とこんなに差があるんだ。その事実を知ったとき、愕然としたね。まだ新大陸に留学に行く前だったからかな。あっちはあっちでとても刺激的だけど、世界が全く違うからそれは割り切れた。でもこんな直ぐ隣の国とすら、越えられない差があるんだ。おかしいだろ? しかも昔は同じ国だったんだよ?」
「は、はあ」
饒舌なシェスカに、グタフは頷くしかできなかった。
「だから先代皇帝ラインリッヒ二世の下に、アルジェオン奪還作戦を計画し進言した。その為に一つ一つ周到に準備して来た。あんな生意気な王族がひょっと出て来たせいで、三百年もガマンしてきたんだ。恨みしか無いね」
「そうですか……」
「幸いあっちも先代国王が死に、平和ボケして腑抜けしか残っていない。先代は情けない死に方をしたけど、今のラインリッヒ三世は本物だよ。奪還にはそろそろ良いタイミングだ」
ガクン!
急に,馬車が揺れて止まった。
「どうした?」
シェスカが御者に尋ねる。
「すいません、どうも車輪がぬかるみに取られたようで」
「私がやりますか?」
「いえ、グタフ様にお願いするなど恐れ多いです」
「でも出来るのは私だけでしょう?」
そう言ってグタフは馬車を下りて、後ろに向かった。
街道なのに、足元がぬかるんでいて不安定だ。
アルジェオンの田舎でさえこんな道はない。
グタフが馬車を強く押し始めると、周りの田圃で遊んでいた子供達も興味津々にやってきて、馬車に群がる。グタフの様子を見て何をしてるか悟り、一緒に押し始めた。
(く、くせえな)
客車には花や香料が置かれていたので気にならなかったが、外に出ると肥だめも近くにあるので臭いが酷い。大人子供も日に焼けて真っ黒で泥だらけ、まともに風呂も入ってなさそうだ。服も粗末なかすり木綿で、裸同然の子もいる。
グタフは及び腰になるが子供達は気にせずまとわりついて、一生懸命馬車を押す。やはり1人では重いので、子供でも手伝ってもらえると助かった。
「やった!」
「できたできた!」
やがて車輪が泥から抜け出す、子供達から歓声が上がる。
「ありがとよ」
グタフが客車に戻ると前後して、シェスカは窓から身を乗り出し沢山のお菓子を子供達にばらまく。屈託の無い笑顔で、子供達は我先にお菓子拾いに奔走した。
頃合いを見て御者は鞭を入れ、再び馬車が走り出す。
後を追いかけてくる子供もいたが、やがて視界から消えた。
「冬を越せない子もいるからな。免罪符だよ」
独り言のように、シェスカは呟いた。
「勝てるんですか?」
「勝つさ。それしか生き伸びる策は無い」
彼女の眼には、強い意志が込められていた。
「幸い新大陸が、新魔導兵器をたんまり贈ってくれたよ。それに君の畜魔石で、魔導軍は強化された。あれは新大陸の魔導師も驚いていたよ。これさえあれば、自動で動く石像や砲台を操れるからね。彼らの作ったモンスターヘッドギアにも取り入れたらしい。君の功績は大きいよ」
「あ、ありがとうございます。基本設計はキャフ先生ですが」
「坊やは残念だったね。あっちについても良い事無いのに。ま、悪いが、ふぬけのアルジェオンだ。顔を殴って歯の一本でも折れば戦意喪失さ。来年の収穫期までには終わるよ。成功の暁には君の新大陸での生活も保障しよう」
「ありがとうございます!」
馬車は帝都シュトロバルに向け、走り続けていた。




