第089話 昔話など
前回のあらすじ
色々問題は残ったけれど、とりあえずアルジェオンに戻ります。
「つまり皇子は元々アースドラゴンで、師匠に倒されて転生したら皇子になったってことニャ?」
『うん、そうだよ』
「キャフ師の昔って、どんなだったんですか?」
『まあ顔や体格は今とあまり変わんないかな。もっとイキってたけどね。術式の詠唱もやたら凝ってたし』
「ちょ、止めてくれよ」
ここはアルジェオン王国上空、モンスター生息域である。4人はアースドラゴンとなった皇子の背中に乗り、空の旅を満喫中だ。比較的低空飛行なので、眼下に広がる深い森や草原、活火山や沼等の壮観な風景を楽しんでいる。「雲の中って霧みたいなんですね」と、初めてみる景色に興味津々だ。
それに加え、キャフを除く3人は皇子の正体を知らなかった。
だから闘いも終わって一息ついた今、質問タイムが始まる。
「やっぱり師匠、強かったニャ?」
『そりゃ、僕を倒したんだからね。ドラゴンスレイヤーのダメージに加えて、キャフ君のが致命傷だったよ。あれは効いたね』
「恨んでます?」
『そうだね…… 今も振り落とせたら、と思うかな……』
その言葉を聞き、キャフどころか3人も、ひしっと皇子の背中にしがみつく。
『大丈夫、冗談だよ』
余裕があるのか、ドラゴンとなった皇子は笑っていた。
(笑えねえ……)
味方なら頼もしいが、昔の因縁がある手前、素直に信じられないキャフである。よく考えたらドラゴンに戻った今、魔法を使えないキャフには復讐し放題だ。卒業したヤンキーがお礼参りに先生をボコボコにするより、キャフを殺すのは簡単かも知れない。
『そりゃ、転生したと気付いた時にあの痛みも同時に思い出したから、恨みもしたさ。転生って何度しても嫌なもんだよ。さっきのシェスカの話も気に入らないしね。でもキャフ君達とは、純粋にお互いの力を尽くして闘って敗北したんだ。それに噓はない。だから今さら恨みは無いよ』
「そう言えば王家の生活って、どうなんだ?」
皇子の気が変わらないうちに、話題を変えるキャフである。
『ああ、僕は第四皇子だったから、気楽な身分だったよ。二十歳過ぎても公務が無かったし、毎日好きに遊んでいたな』
「二十歳って、私達より年上なんですか?」
『うん、今だから言うけどね。色々噓ついてて、ごめんね』
「いえ、遊んでもらっただけでも嬉しいですニャ」
「今の女王や、他の皇子達とはどうなんだ?」
『ルーラ姉さんは、少し世間知らずだけど良い人だよ。女王になって、取り巻き連中がちょっとあれだけどね。第二皇女のミラ姉さんは、自分と同じで気ままに暮らしているね。公務はこなすけど王位継承権は第三皇子より低いし、僕と同じで野望も無いからね。第三皇子のリル兄さんは、キャフ君も知ってるんじゃないの?』
「ああ。単に会っただけだが」
『あの通りの人だよ。王家の一族にも関わらず、全然魔法も使いこなせないし、俗物の塊だね。でも姉さんに何かあったら、彼が次の国王だよ。野望も持っているから、王宮は派閥争いもあって面倒なんじゃないかな』
「そうか」
『ああいう人だからね、冤罪でキャフ君を遠ざけたのも分かるよ』
「何でニャ?」
『凡人は、天才を疎んじるんだ。それは世の常さ』
皇子は南西の方角に飛び、アルジェオンの旧道も見えて来た。更に向こうの山の合間に白く光る塔がある。王都イデュワの⦅三羽の白鳥⦆だ。久しぶりの姿を見て、懐かしい思いにとらわれるキャフであった。
『あ、あれ! 見てみて!』
急に皇子が言うので下を見た。そこにはモンスター生息域にも関わらず、人工物の周りに、黒く光る何かが動いている。
恐らく、以前も見かけたダンジョンの一つだろう。そしてあの周辺にいる黒い物体をよく見ると、クムール軍兵や動く石像であった。俯瞰して眺めると良く分かるが、一箇所どころでは無い。アルジェオン人は殆ど立ち入らないチグリット河沿いに、既にクムール帝国の基地が何箇所もある。
「あいつら、ここまで来てるんだな」
『あ、あそこに船があるよ』
「ホントだ」
「港からの道が、それぞれのダンジョンと繋がっていますね。補給基地でしょう」
「キャフ、早く連絡しないと、流石にまずくないか?」
「そうだな、帰ったらギムとあわせて、上申しよう。ただ誰に言うかだな……」
『姉さんに直接言った方が早いよ。間に誰かを入れると途中で都合良く処理されるから』
「そうか」
『とりあえず、一発撃っとく?』
そう言うと皇子は、手身近なダンジョン目がけ、竜の咆哮を撃ち放った。ドカーンと派手な音がして、衝撃に驚いた鳥達が、森からバタバタと飛び立つ。ダンジョンに直撃したようだ。黒煙が立ち上り、周りは慌てふためいている。こちらを見つけて何か騒いでいるが、無駄だろう。
『はは、クムールの兵士達も逃げ惑ってるね。蟻の巣穴から出てきたみたいだ』
他人事のように言う皇子は、やはりドラゴンである。
「あ、世界樹ですね」
更に飛んで行くと、神々しく巨大な世界樹が、目の前に現れる。
「凄い! こんな近くに見えるニャ! まだまだ上があるのだニャ?」
『ああ、星まで伸びてるとか。でも僕は苦手だから、近寄らないよ』
あの時の冒険で知っているが、あの聖剣を最終的にドラゴンスレイヤーへと変貌させたのは、世界樹に住むエルフ達のおかげだ。元々ドラゴンとエルフはお互い長寿だからか仲が良くない。
『ペリン山脈が見えて来たね』
どうやら、目的地が近づいて来たようだ。




