第088話 脱出
前回のあらすじ
皇子、復活!
『待たせたな!』
ミリナを背中に乗せた皇子はそう言うと、動く石像の中にドシンドシンと突進する。皇子の方が二回り大きく、さすがの動く石像達も敵わず蹂躙されるがままだ。竜の咆哮を浴びた動く石像は、高熱で溶け落ちる。やはり皇子頼みだが、これで形勢逆転だ。
『学習不能、学習不能』
『計算デキマセン』
動く石像達は、完全に混乱している。
「3人とも、乗って下さい!」
ミリナの呼びかけに応じ、3人は皇子の足にしがみつき背中までよじ上った。
「あらら。逃げられたら、あんたの立場もまずいよね」
「うぐぐぐ…… シェスカ殿!」
「分かったよ」
シェスカは、壇上から高速移動でドラゴン目がけ、ドラゴンスレイヤーで切り込んだ。やっと回復した所であるから、再び聖剣で傷つけられるとまずい。治癒の必要ができたら逃げる間が無くなる。
命中しなくても良いから時間稼ぎにシェスカに向け竜の咆哮を撃とうとした皇子だが、シェスカの背後にある学校を見て、躊躇した。
「シールド!」
カーン!
再び、ミリナが防御魔法を繰り出す。間一髪、間に合ったようだ。シールドに跳ね返されたドラゴンスレイヤーの刃音が、空しく響き渡る。成長で魔素が増えたのか、ドラゴンスレイヤーの攻撃をはねつけるとはかなりの強度だ。ミリナの防御魔法は、既にAランク以上かも知れない。
「ちぃ!」
シェスカは悔しそうに舌打ちする。ミリナの防御の光に包まれたドラゴンは4人を乗せて上昇し始めた。風圧が、動く石像達やシェスカの動きを封じ込める。
『ひとまず、逃げるぞ』
「ああ、頼む」
4人を乗せた皇子は、チグリット河を目指し飛んでいった。
「凄い……」
「綺麗ですニャ〜」
もう明け方で、地平線から陽が昇り始める。
初めて空からの夜明けを眺めた4人はその美しさに感動し、見とれていた。
「あ〜あ、行っちゃったね」
シェスカは残念そうだが、心無しか顔は笑っていた。
「し、シェスカ殿、申し訳ございません……」
兵士に破壊された動く石像の後片付けと追跡を命じた後、グタフは心底申し訳ないように平身低頭で謝った。敵に兵器情報を見せてむざむざ逃がす失態を犯したのだから、懲罰は免れないだろう。
クムール帝国は皇帝による恐怖政治が基盤である。失敗した人間は、はり付けの刑等で公開処刑されるのが常であった。グタフもクムール帝国に来て、似た場面を何度も見ている。アルジェオン出身だという知り合いの中にも、作戦失敗の責任を取らされて自決した者がいた。やはり外様は矢面に立たされやすい。
「そんな、気にする事は無いわ。坊や、ああ見えても幾多の難関を潜り抜けて来て実戦経験豊富だから、あんたが思ってるより,結構やるのよ」
一方シェスカは、あっけらかんとしていた。噂に聞いているが、彼女は皇帝の寵愛を受けているからかも知れない。彼女自身にえこひいきや偏見は無く実績で公平に判断するから、一緒に仕事はし易い。だがとにかく彼女を敵に回す訳にはいかない。
「す、すいません。侵攻計画に支障が……」
「まあ、二十年以上かけて仕組んできたんだから、何とかなるわ。少し遅れるだけだし、まだ本命もあるしね。どうする? ちょうど皇帝様から呼ばれているのだけど一緒に行く?」
「で、でも、私ごときが……」
グタフは、皇帝の顔を肖像画でしか見た事は無い。まだ二十代の若者だけれど、端正な顔立ちで威厳を備え、全ての帝国民が信奉している。だが暗殺を怖れ宮殿にも滅多に顔を見せないと言う話もあり、謎は多かった。
「気にしない、気にしない。あの将軍2人もいるだろうけど、あんたも役に立ってるから」
「は、ありがたき幸せ……」
* * * * *
「何とか逃げられたニャ〜」
「皇子様々ですね」
ドラゴンは一行を乗せ、まず船を隠した岸辺に下りた。
「今から、どうする? モドナに戻るのか?」
「そうだな…… ドラゴンとなった皇子を、モドナへ連れて行く訳にはいかないだろう」
「確かにですニャ〜」
『それなら、僕は昔の住処だったペリン山脈に行きたいんだけど、良い?』
「あそこか…… 王都イデュワにも近いから、帰りやすいか」
ペリン山脈は、ウルノ山脈から少し離れてある小さな山脈だ。
ウルノ山脈に比べ山の標高は高く、殆どの場所は、人が立ち入れない
まさか、そこでキャフを殺そう等とは、多分思ってないだろう。
「荷物はどうする?」
「船ごと持っていければ、手っ取り早いんだが」
『背中が汚れるから、嫌だよ』
「ああ、そうだな。すまん」
「早くしないと、追っ手が来るかもしれません」
ミリナの指摘通りだ。4人は持っていける分の荷物を背負い、ドラゴンの背中に乗ろうとする。だがキャフだけは先ほど居た学校の方を見て、たたずんでいた。その顔は悲しそうである。
「キャフ師、どうしたんですか?」
「……オレは、あの子達を助けられなかった……」
……
その言葉に、3人は答えられなかった。キャフは沈痛な面持ちである。
今こうしている時も、マルア達は魔素を吸い取られ苦しんでいる。
だがあの子達を助ける手段が、今のキャフ達には無かった。
「……オレは間違っていたのだろうか……畜魔石なんて、造らなかったら良かったのだろうか……」
自責の念にかられるキャフであった。
「……それは違うな。いずれ似た物は発明されただろう。お前のせいじゃない」
フィカは、いたわるように言った。
「そうですニャ、クズフが悪いだけで、師匠は悪くないですニャ!」
「……分からんな。とにかく今は戻るか」
『じゃあ、行くよ!』
今度こそ皇子は翼を大きく広げ、アルジェオン王国へと飛んで行った。




