第082話 真夜中の学校
前回のあらすじ
こんな逸材どこで!? ビ◯リーチ!
「どうです? 悪い話ではないでしょう?」
「あ、ああ」
「お試しに、今日の夜にメイドを連れて来ますか?」
「い、いや良い」
まるで訪問販売のセールスレディみたいに、相手に間を与えず畳み掛けるように話すグタフである。昔から巧みな話術を駆使し、キャフ以外の魔導師達にも評価が高かった。きっと営業をさせてもそれなりの業績をあげるだろう。
だがキャフは4人の刺し殺しかねない視線が痛くて、のらりくらりとかわす。やがて気付くと、陽も落ちて夜となる。
「5人分の部屋は用意させます。食事はどうしますか? クムールのご馳走を用意させますか? 贅沢はできませんが美味しいですよ?」
「いや、ありがたいが、我々も帰るまでに食糧を消費したいからな。早く帰れるなら迷惑はかけたくない」
「分かりました、では部下に案内させましょう」
そう言ってグタフは呼び鈴を鳴らすと、部下が即座にやって来た。この対応の素早さは、恐らく近くの部屋で待機していたのだろう。そのまま一行は廊下に出て、兵士について行く。
キャフ達が案内されたのは学校に隣接した宿泊施設であった。男女別に広めの風呂もあり、部屋はキャフ達が二階でラドルらが三階をあてがわれる。二つとも、2、3人で泊まるには十分な広さだ。ただ粗末な造りで、キャフは子供の頃に研修旅行で行かされた、ボロい公共の宿泊施設を思い出した。
「で、師匠、どうするニャ?」
「さあな、どうすっかな。とりあえず明日だ。じゃあな」
キャフは素っ気ない態度で部屋へと入っていった。
「あいつ、本気でクムール帝国で働く気か?」
「そしたら、私達どうなるんですか?」
「師匠も、優柔不断だからニャ〜」
女性陣はいささか不満そうに部屋に入っていく。旅館では無いので備品はない。押し入れから布団を自分達で出して敷いた。夕食を食べた後、皇子とそれぞれ準備して消灯となる。
(どうすっかな……)
意外にも我らがキャフは、グタフの提案に心揺れていた。
無理も無い。どこかの国のとある雑誌の特集でも、今は無い某電気メーカーを初めとして沢山の技術者が技術流出させたとかやっていたが、そもそも彼らには彼らの事情もある。安全な場所から弾を撃って部数を稼ぐやり方は、倫理的にどうかとも思う。
もちろん彼らに悪意があったのであればその限りでは無いが、何れにせよ犯罪だったらしかるべき機関が公表すれば良いだけで、事情を知らない第三者が騒ぎ立てることではない。
そうなるくらいなら、初めから高待遇にすれば良いのだ。しかしアルジェオン王国も魔法使いの立場は高くない。税金を使える上級貴族達の方が、かなり贅沢な暮らしをしている。どの業界も中抜きが著しくて、本当に頑張ってる人が報われないのはいつの世も同じと言えた。
だからキャフも、グタフの提案に魅力を感じていた。
夜専門のメイドに会って、イチャイチャしてみたい。
ミリナにはああ言われたが、弟子に手を出して身を持ち崩した魔導師は幾らでも居る。いや魔導師に限らずサラリーマンだろうが何だろうが、そんな事をしていたら後々面倒になる。それだったら夜専門のメイドがいれば、後腐れ無くて良いだろう。
(でもな〜)
グタフの顔は、幸せそうでは無かった。わずか数ヶ月間であるが、奴が変わったことはキャフでも分かる。それがどういう意味かも、朧げながら理解できた。
(ま、いいか)
それよりも、ここがどんな施設かを探るのが先決だ。誘惑ばかりに気を取られていたもののギムとの約束もある手前、予定した行動に移ることとした。
まずはこっそりと布団を抜け出す。幸か不幸か曇りない空で、下弦の月が窓から見えた。兵士達に見つかるかも知れないが、仕方ない。
いざドアを開けようとしたとき、「キャフ君、」と声がした。
驚いて振り返ると、皇子が目を覚ましていた。
「行くのかい?」
「あ、ああ」
「じゃあ僕も」
そう言って皇子も仕度を始めた。2人で音を立てないように、ドアを開ける。見張りの兵士は居ないようだ。床張りだから細心の注意を払いながら進むと、階段の踊り場にミリナとラドルがいた。寝間着では無く、魔導服を着てのフル装備だ。
「どうした?」
「あ、すいません、フィカさんが気付いたらいなくて」
「そうなのか。じゃ、一緒に探すか」
そう言いながら学校へ行くため玄関に向かうと、フィカがいた。
彼女も、甲冑を着て準備万端である。
「遅かったな,待ちくたびれたぞ」
「え、知ってたのか?」
「師匠、芝居が下手ですニャ」
「そうですよ、盗聴を怖れて誤魔化してるの、丸わかりですよ」
「夕食断ったのも、髄液入りワインを飲まされるからだろ? もう付き合い長いからな」
「師匠がクムール帝国なんかに行かないの、皆分かってますニャ」
「あ、すまない」
(ラドル、すまん)と、キャフは心の中で謝る。
キャフも人の子。皆の勘違いを、訂正しなかった。
「じゃあ、行くか」
宿泊施設に隣り合う校舎の入り口を開けると、簡単に開いた。
中には、誰もいない。上履きに履き替える必要も無さそうである。キャフ達は中へと入っていった。教室が幾つかあるものの、何の変哲も無い、何処にでもある学校の教室に見える。マルアの作文や絵も飾られていたが、彼女に限らず、学年の割に非常に上手な作品が多かった。優秀な子供達と言うのは本当なのだろう。しばらくあちこち捜索していた時だった。
「キャー!!」
「痛い!」
「苦しいよう! 助けて!」
中央玄関に来た辺りで、急に遠くから悲鳴らしき声が聞こえた。1人ではない。声の源は最上階のようだ。キャフ達は辺りを注意しながら、階段を上った。




