第008話 森の一日目
前回のあらすじ
モンスターの灰色狼を瞬殺。女騎士はむちゃくちゃ強かった。
「お前、なんで捜索隊なんかしてるんだ?」
灰色狼達の始末を終えて後片付け中の女騎士に、キャフは思わず尋ねた。
こういった街道における警備や捜索隊は、それほど儲かる職ではない。自然が好きだったり地元に残る為に希望する輩もいるが、彼女はそう見えない。この腕前なら、普通に王立軍の騎士になれるだろう。
「人の事情は、聞かない筈では無かったか?」
女剣士は冷たい顔で聞き返す。
キャフ達が偽名を使っていることに、気づいているのかも知れない。
「ああ、さっきは済まない。俺の本当の名は、キャフ。魔導師だった。こいつはラドル」
この騎士は信用出来そうだ。そう思い、キャフは本当の名を名乗った。
「キャフ? あの《畜魔石》を発明した魔導師か?」
先ほどまで氷のように冷たかった女騎士の表情が、少し和らいだ。
「聞いたことあるのか?」
キャフは意外そうに返す。捜索隊で魔導師が話題になるとは思ってもいなかった。
「そりゃ、有名人だからな。他にも、術式の詠唱を簡略化させただろ。あれで全魔法の発動時間が一割早くなった。王立軍にも導入され、周辺国より十年は先を行ったともっぱらの噂だ。我が兄者がよく話をしていたよ」
「そりゃどうも」
キャフはビジネスに疎いから、契約は弟子達に任せていた。
だから自分の術式がどう使われているのか、殆ど知らなかった。
「で、なぜキャフ魔導師ともあろうお方が、こんな辺鄙な場所にいるのだ?」
「お役御免でね。追い出されたって訳よ」
ギクシャクしていた関係が、少し解ける。
側にいるラドルも、さっきより警戒心が薄らいだようだ。
「何か裏があるのだな」
「さあね。お偉いさんの言う事は、分かんねえ」
「これからどうする?」
「まずここを抜け出してから、考えようか」
キャフの言う通り、3人は既に森の深い位置まで入り込んでしまった。闇夜は危険だ。灰色狼達は倒したものの人がいる所まで戻れないと、死に繋がる場面はまだ沢山ある。
キャフは打ち倒されたボス灰色狼の死体に近寄り、傷口に手を突っ込んだ。
「《魔法石》を探しているのか?」
「ああ」
モンスターの中には、魔法石がある。これを加工し魔法杖に組み込むことで、魔法が発動する。モンスターのランク分けは、取れる魔法石の質に依存していた。これらは、ギルドに売って金にもなる。
「これかな。三ガルテぐらいにはなりそうだ。夕食3人分だろう」
キャフが取り出した魔法石は、青白く輝いていた。汚れを拭き、袋の中にいれる。
「これ、皮を剥いで食糧にできねえか?」
「いや、無理だな。血抜きする場所と道具が無い。かさばるから皮も持って行けないな」
「残念だニャ……」
血の臭いで他の動物が来るのを怖れ、3人は移動した。
もうすっかり夜で、足元も覚束ない。
「ラドル、明かりを付けろ。お前の魔素でもやれるだろ?」
「はいニャ!」
ラドルは手身近な潅木を手に取って、ファイアボールを吹き付けた。立派な明かりとなる。
このおかげで足元も見え、多少落ち着いて移動できるようになった。
「方位磁針は持ってるか?」
「いや、残念ながらルーフを逃がす時、取り出す暇がなかった」
「ルーフ? そう言えば、あの馬は大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫。発煙筒を腰に付けて走らせたし、捜索隊の詰め所に戻るだろう。仮に私が死んでも、遺品を遺族に渡したかったからな」
「そうか」
「しかし、方向が分からないのはやべえな」
「もしかして、遭難したニャ?」
「その可能性はある。ここは旧道周辺と違って、太古にウルノ山脈の一つタエ山が噴火した際に流れ出た、溶岩からできている。だから大きな窪みがあちこちにあるぞ。冗談ではなしに、下手すると洞窟に落ち込んで、出られなくなる。注意しろ」
「ひえ〜!!」
驚きで耳と尻尾が逆立つラドルだった。
「そういえば、お前の名前を聞いてなかったな」
「ああ、すまない。フィカと言う」
「フィカさんか。じゃあ先ずは野営できる場所を探さなきゃだな」
「ああ」
お互い打ち解けつつ森の中を歩き、ようやく少し広い場所に出る。大樹の枝は寝床に良さそうだ。3人とも荷物を置き、腰を下ろした。
「ふう、やっと落ち着けるな。おれ達はパン四つと水筒だけだが、フィカさん、食糧あるか?」
「いや、私もそれほどはない。ただ非常用の携帯食がある。一粒でも栄養価が高いぞ。ほら」
そう言って、フィカは腰巾着から丸い食べ物を2人に渡した。
無駄なく栄養を摂れるよう、2人とも良く噛んで食べる。
「おいしくはないけど、元気になりそうニャ」
「そうか」
フィカはそっけなく返事をし、先ほどの剣を手入れしていた。夜でも銀の光沢が美しく見える。疲労で会話も弾むこと無く、3人はそれぞれ丈夫な木の枝を見つけて上り、寝床にした。
幸いに今の気候は昼も夜も過ごしやすいので、軽装でも問題はない。
だが夜が明けてから、ここからどうやって道に出るかが一番の問題だ。
「とりあえず、明日だ。今は休もう」
「ああ」
「お休みニャ〜」
これが、森に入った一日目であった。
* * *
翌日。日の光で目が覚めたとき、キャフは一瞬自分がどこにいるか忘れていた。身を動かした時のガサッと言う音と、横たわる床のしなりで、枝の上にいることを思い出す。
(おっと、木の枝で寝てたんだっけ。あぶない、あぶない)
昔もこうやって寝たときもある。思ったより痛みもなく、まだ大丈夫かもしれない。2人がいるはずの枝を見たが、居ない。とりあえず下におりた。
日光はまだ薄暗く、日の出直後のようである。彼女達の荷物袋は、木の根元にまとめられていた。
だが、やはり姿は見えない。見ると、2人分の足跡が奥に続いている。何かあるのかと、キャフもそれに続き歩いて行った。ちょっとしたけもの道だ。
「おお」
そこには綺麗な池があった。飲み水にも使えそうだ。
そして2人は、楽しげに水浴びをしている。もちろん、一糸まとわぬ姿でだ。
(やべえ……)
本来そっと立ち去るべきだが、ニンフのように綺麗な2人に、思わず見とれてしまった。裸の付き合いのおかげか、昨日まで少し距離があった2人が、今は仲睦まじくじゃれあっている。
ラドルのスタイルは何となく分かっていたが、未だ大人になり切れてない。これからだ。それよりもフィカのスタイルの良さは特筆もので、一度見たら忘れられない。完璧だ。
あの表情からは予想出来ないほど、色っぽい。
鍛え上げられた筋肉質の腕は、騎士の証だろう。
(ラドル、ほんとに耳と尻尾以外は人間と同じなんだな…… やっぱフィカさんはすげえな)
ふとフィカがこちらに気付き、目があった。
(あ、ヤバいかも)とキャフが思う間もなく、高速で何かが飛んでくる。
ヒューーーン ドゴッ!
その何かは、見事キャフの顔面に命中する。
いてぇえええ!!!!
凄まじい衝撃をくらうと、そのままキャフは気を失い倒れ込んだ。
フィカの甲冑だと知ったのは、後ほどである。