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魔法を使えない魔導師に代わって、弟子が大活躍するかも知れない  作者: 森月麗文 (Az)
第六章 魔導師キャフ、クムール帝国に潜入する
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第076話 チグリット河

前回のあらすじ


幽霊砦、クリア! フィカの兄さんとも会えて、めでたしめでたし。次はクムール帝国だ!

「で、キャフ師は一体誰が好きなんですか?」

「はぁあ?」


 ここはチグリット河。船で一行はクムール帝国側へと向かっている。

 櫂を漕ぐキャフは突然ミリナに話をふられて、とまどった。


 霧が立ちこめていて視界が悪い。

 河の流れは緩慢ではあるが、しっかり操らないと危険だ。

 向こう岸の地形を全然知らないので、尚更注意が必要である。


 船底からは、ゴーン、ゴーンと低い鈴の音が鳴る。


 これは水中モンスター除けの鈴で、彼らが嫌がる音らしい。

 川幅は約三十キロあるから、数時間かかる。

 この河が両国の国境であるのは当然の帰結であった。


 この長旅が始まると、櫂を漕ぐキャフを除きみんな暇になった。川の流れる音に加えて鳥の鳴き声と魚の跳ねる音が時折するだけで、平和な一時である。


 冒険に必要な道具類はキアナ達からも譲り受け、二、三週間分を確保してある。食糧はモンスターを狩るとしても、情報収集の期間はそれくらいが限界だろう。


「そんな事より、これからどうする? クムール帝国の街まで行くのか?」


 ミリナの意図も分からず、キャフは話題を変えようとした。


「どこに着くか分からないし、地図が無いと難しくないか?」


 フィカが答える。


「まあそうだな」


 キャフ達は、クムール帝国で流通する硬貨を持ち合わせていない。つまり買い物は無理。言葉は皇子やミリナが出来そうだが、恐らく現地人からは直ぐにバレる。極力交流は避けたい。


「じゃあ、まずクムール帝国のモンスター生息域(ハビタブル・ゾーン)での探索を優先しよう。この畜魔石(チャージ・ストーン)の燃料をどう使っているのか調べたい。あと今後の為にも、ミリナはマッピングを重視してくれ」

「分かりました。で、キャフ師は誰が好みなんですか?」

「へ?」


 また最初の会話に戻る。


「時々話題に出るんですよ。こんな綺麗で可愛い女子が3人もいるのに、何で積極的に来ないのかって。もしかしてゲイですか? LGBTQでもこの世界では守られますよ? 一緒に女子トイレは嫌ですけど」

「いや、そうじゃないが……」


 かなり返答に困る内容だ。


「確かに男子校には多いって聞きますけど、それならそれで宣言しても良いんですよ?」

「だから違うって。男子校じゃねえし」

「じゃあ、誰が良いんですか? 本気だったらみんなOKですよ?」

「え、マジ?」


 意外な言葉に、櫂を漕ぐ手が止まる。

 キャフの動揺が伝わったらしく、ミリナは更に畳みかけてきた。


「そりゃ皇子もいいけど、相手は王族ですからね。下手に婚約したら悪役令嬢が来て婚約破棄とかめんどくさくなりそうなので、ド平民はド平民同士が一番楽ですよ」

「そんなもんか」

「フィカさんだって、キャフ師だからついて来たんですからね。ホント、乙女の花盛りな時期を一緒に過ごしてあげてるんですから、もうちょっと考えて下さいよ」

「ああ、分かった」



 気を取り直し、キャフは再び漕ぎ始める。ミリナも言いたいこと言ったらすっきりしたようで、また4人の会話に戻っていた。よくよく見ると、ラドルがけしかけたのか皇子以外の3人は飲んでいるようだ。酒乱ではなくほろ酔いだし、今まで緊張の連続だったから、たまの息抜きも良いだろう。


 ミリナの冗談とも本気ともつかない会話で、キャフはふと昔を思い出していた。


(シェスカさんかなあ……)


 キャフの脳裡に浮かんだのは、一緒にパーティーを組んでいた1人、シェスカだった。あの頃のキャフは今のミリナ達と同じ十代だったし、まだ幼かった。妖艶な年上女性に憧れていたのかもしれない。「坊や」と呼ばれ可愛がってもらった頃を思い出す。


 早くから才能があると言われ修業を望み家を出たキャフは、両親への想いがあまりない。むしろ両親は、化物を見るような目でキャフを遠ざけていた。彼らからは、キャフが何を考えているのか分からなかったのだろう。初めて空中浮遊を覚えて喜んで飛んで学校から帰って来た時、母は恐怖で口を聞いてくれなかった。褒めてもらえると思った幼少のキャフにとっては辛い記憶だ。


 平凡な職につき、平凡な家庭を持ち、平凡に死ぬ。


 金科玉条のごとくそれを信条としていた両親にとって、キャフは異端の存在だった。だから家を飛び出して修業だったり冒険だったりと自分と同等の仲間と一緒にやれるのは、キャフに取って幼い頃からの鬱憤を思い切り晴らす良い機会であった。そこには妬みや足の引っ張りあいも皆無な実力主義の世界で,毎日が充実していた。


 そんな時に,シェスカと会った。キャフがソロで名を上げていた頃、彼女の方から声をかけてきた。初日で意気投合して酒を飲み、朝彼女のベッドの上で起きたのも懐かしい思い出だ。大人の関係にはならなかったが包容力があって、人前と違い甘える自分を笑いながら受け止めてくれた。母親に代わる影を彼女に見ていたのかもしれない。


 もう二十年も前だし色っぽい体形も変わっただろうが、青春とも言えるあの美しい思い出が、キャフの中で色褪せることはなかった。


 ただ、ギムの言葉が気になる。モドナで暇な時、サムエルの足取りを辿りたかった。だが勇者といえども二十年前の過去の人、ギルドでも話題に上がることは無かった。シェスカの話も同様だ。モドナにいる可能性を期待していたけど当てが外れたらしい。


 色々考え事をしていると、前方に影が浮かんでくる。


「おいお前ら、向こう岸が見えて来た。もう少しで着くぞ」


 キャフの言葉を聞き、4人はいそいそと仕度を始めた。


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