第074話 最上階にて
前回のあらすじ
フィカ、おそろしい子……
「っ、てぇえ……」
フィカの剣は、キャフの左腕を見事に貫いた。突き抜けたので、下手をすると心臓まで届く所であった。死んでしまったら回復魔法なんて意味が無い。激痛と大量の出血に耐えつつ、キャフは苦労しながらも自由になる右腕を使いフィカから剣を奪う。
「キアナ、ロープで縛れ!」
「あいよ!」
ウゴウゴと訳の分からぬことを言いながら再び襲いかかろうとするフィカを、ラドルとミリナと皇子の3人で抑え込む。キアナの持っていたロープでフィカを後ろ手に縛り、両足首もしっかりと結わえ付けた。美女が縄で縛られ悶え苦しむ姿はそれはそれでそそるものだが、この物語とは関係ないので自重しておく。
「ミリナ、頼む」
「はい!」
出血で気が遠くなりそうなほどフラフラしているキャフに、ミリナは回復魔法をかけた。しばらくして血も止まり、傷口も消え、弓を再び構える。何とかあの魔導師を攻撃できそうだ。
「キャフ君、どうやって倒すの?」
「まず本人とご対面しなきゃな」
「まあ、そうだね」
屋根に当たる雨音が激しくなる中、5人は五階に通じる入り口を探した。
元々が薄暗いので、実際に壁を触ったりしないと隠し扉等は見つからなさそうだ。
「これかニャ?」
何気なくあった小さな紐をラドルが引っ張ったところ、ゴゴゴゴっと音がして,天井が割れ階段が下りて来た。最初の調査時に気付かなかったのは、焦りだったかも知れない。
「こんな仕組みだったのか」
「じゃあ行こうか?」
「ああ、もちろん」
(だが……)
キャフは、最上階にいるであろう魔導師、エスドワルの対処法を考えあぐねていた。
物理魔法対精神魔法では、ランクが低い分も加味するとあちらに分があるのは明らかだ。そもそも、あいつのランクは最低でもA以上だろう。下手するとSを越えているかも知れない。
しかも外で見た漆黒の闇を思い出すに、恐らく強力なシールドで身を守っている。フィカが使い物にならないし、キアナでも無理だ。皇子も覚醒していないなら厳しい。正直言って打つ手は思いつかなかった。
(どうするか……)
とにかく、最善の手を尽くすしか無い。飛び道具を持つキャフを先頭にして、皇子、ミリナ、ラドル、キアナの順に一列で階段を上がった。被害を最小限に食い止めるのが先決だ。
最上階は、外から見て分かっていたように見晴し台になっている。
大きく壊れた窓からは雨が降り込み、中央には真っ黒な物体が浮遊していた。
雨が止む気配はなく、外も同様に暗闇だ。
ミリナとラドルが、ファイアボールで火を灯す。
「先ずは攻撃するか」
キャフは試しに、黒い物体に向けて矢を放つ。するとまるで異空間のように、ふっと吸い込まれていった。ミリナやラドルの魔法攻撃も同じである。近くまで寄って皇子やキアナが剣で刺しても、何の感触も無かった。
「ホントにこれなの?」
ピカッ!!
キアナの文句に呼応したかのように、黒い物体は白く光り、先ほど放った矢やファイアボールが倍の威力を持ってキャフ達目がけて飛んできた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
何とか避けると、それらは壁にぶつかり消滅する。
「倍返しか」
「どうします?」
「ラドル、お前、歌が好きだったよな?」
唐突に、キャフがラドルに聞いてきた。
ラドルは、何でそんな事を聞くのかという顔をする。
「フニャ? うん、そうだけど?」
「歌ってみろ?」
「良いニャんか? いくニャ!」
ホゲエェ〜 フニャニャ〜 フニャムニャ〜♯! ホニャニャ〜♪!
「何,この破壊的な超音波は?」
「み、耳がとれそう!」
「みんな、耳塞げ!」
そう、ラドルは音痴だったのだ。
可愛い声だからと言って歌が得意とは限らない。「カラオケ行こう!」と気軽に誘ったとき微妙な顔をしたら、要注意である。引くのもまた勇気だ。
そして彼らは、可愛い猫娘から発せられる殺人怪音にやられないよう必死に耳を塞ぐ。
「や、止めろぉおお!!」
突如黒い物体が溶け始め、中からエスドワルが苦しそうな表情で現れた。
視覚が失われた分、やはり聴覚が敏感になっていたようだ。
「今だ、魔法攻撃!!」
「は、はい!」
「やるニャ!」
歌も止めてラドルとミリナはファイヤーブレスを繰り出し、キャフも再び矢を放つ。だが敵もさるもの、シールドですかさず防御した。
「あー、気分が悪い。早く死んで下さい」
そう言ってエスドワルは、フィカに浴びせたのと同じレーザー光線を皇子の眉間に喰らわせた。照射されて、のけぞり倒れる皇子。みな駆け寄って行く。
「皇子、大丈夫かニャ? ま、マウス・ツー・マウスだニャ! っいた!」
ラドルは、キャフに殴られた。そんなバカなことをしている暇はない。
「ヤバいぞ!」
皇子が敵になったら、フィカどころじゃない。全滅だ。
一同に緊張が走る。キャフもどう対処して良いのか完全に錯乱する。
だが事態は、エスドワルの予期せぬ方向へと向かう。
光を浴び立上がった皇子は、レーザーと異なる白金の光で全身が包まれた。
その光はどんどん強く大きくなり、まるでドラゴンのような影だ。
「お主、儂をたぶらかそうとしたな? その代償は重いぞ!」
その顔はまるで本当のドラゴンのような迫力を備え、本気モードである。
「あ、あなた様は、そんな? なぜ此処に? お、お許しを!」
「もう遅いわ!!」
エスドワルはその存在を理解したようだが、その瞬間、皇子の右手から目が潰れそうなほどの強い光が発せられエスドワルを包み込んだ。みんな目を瞑り、何が起きているのか分からない。
ギャォアアアア!!!!
断末魔の叫び声をあげ、彼は空間から消え去ってしまった。
空が白み、雨もやや小ぶりになって来た。




