第073話 操り人形
前回のあらすじ
幽霊の正体、見たり! でも解決策分かんない。
「わたしが分かるか、兄者? フィカだぞ?」
フィカは必死になって呼びかけるが、兄と呼ばれた兵士の目は空虚で彼女を見ようとすらしない。それどころか行く手を阻む障害物と勘違いして、邪魔だと言わんばかりの態度だ。
「あー、うー」
どうも喋れない。顔を見ると確かにフィカ似だが、精神を支配されている為であろう、どこか人間とは違う、不自然な表情をしている。フィカは自分だと気付かせようと必死に彼の肩を揺するものの響かず、悲しいことに全くの徒労であった。
「他も来ちゃったよ、ヤバいね」
「まだ生きているし殺したくはない。足を狙うかして、足止め程度にしてくれ」
「分かったよ」
「ラジャー」
フィカをどうするかだが、まだ錯乱していて一緒にフォーメーションを組むのは難しい。とにかく5人で何とかする。
キャフは足を狙って弓を放つと、射られた兵士は「ギャア!」と叫び声をあげ倒れ込んだ。皇子とキアナも足を狙い、動きを封じる事に専念した。
「とにかく五階の見晴し台だ。敵はそこにいる」
一階だけでも十数人いるが、どれも動きは鈍く、武器を所持していないのが幸いだ。ラドルとミリナも、小さなファイアボールを出して相手を気絶させる。
「ほら、こっち来い!」
未練がましそうに兄にすがるフィカを、キャフは必死に引きはがそうとする。だがフィカの力は強く、簡単には離れない。ここで時間を浪費するとまずい。こうしている間にも兵士達はぞくぞくと集まってきた。
「兄さんも、敵を倒せば元通りになる! 相手を見間違えるな!」
珍しいキャフの一喝ではっと我に返ったフィカは、状況を理解したらしい。ようやく合流して、一行は階段を一緒に上った。
「二階は行かない、三階だ」
階段にも数人の兵士がいたが、格闘のすえ下の階に突き落としたりして何とか先へと進み、やっと三階へと上がる。四階に続く階段に辿り着くまでに、まだ数人は相手をしなければならない。
ポツ、ポツ、
「何だ?」
キャフは思わず上を見上げた。壊れた屋根から、水滴が落ちてくる。
「キャフ君、雨が降って来たようだよ」
皇子の指摘通り、間隔的だった雨脚は段々と強くなり、ザザーっと断続的に降り始めた。砦の屋根はあちこちに穴が空いているので、外のいるのと変わらない。
「雨も降ってくるし、操り人形ばかりで、やになりますニャ」
ラドルの魔導服はギャル風なのでフードが無く、ビショビショである。
「仕方ない、このまま行くぞ」
休むことなくキャフは四階へ通じる階段を目指す。武器を持たない人間を倒すのは気が引けるが、行手を阻む兵士達の動きを止めてようやく階段に到着した。ここは所々崩れているので、慎重に上がる。幸い行く先にモンスターのような物は居ないらしい。無事、四階にきた。
床も頑丈で、ここの屋根は雨漏りをしていない。ラドルはびしょ濡れになった服をしぼっていた。キャフ達は注意深く見渡したもののがらんとした広間で、何も置かれていない。殺風景な場所である。
ここには明かりが無い。代わりに四方の燭台にロウソクがあったので、ラドルのファイアボールで火を灯した。外の雨は止む気配がなく、ザアザアと降り続けている。
問題は、五階に通じる階段がどこにも無いことだ。
入って来た階段の他には壁と窓だけで、開きそうな扉すらない。
「キャフ君、場所、間違えた?」
「いや、ここで良い筈だ。キアナ、見晴し台に上る手段はない、という事か?」
「うーん。ここまで来たこと無いし、分かんない」
「弓兵にまで落ちた魔導師キャフを見るのは、哀しいものですね」
突如、部屋の中央に幽玄な光が現れ、喋り始めた。
「誰?」
皇子が尋ねる。
「お前、エスドワルだな?」
キャフが聞いた。
「ええ、覚えていましたか。また君達かと、うんざりですよ」
それはミリナ達と行ったダンジョンで遭遇した、盲目の魔導師であった。
「ここで兵士達を操って、何をしている?」
「そんな事、あなた達とは関係ない事です。直ぐ楽にしてあげますよ」
そう言うと、エスドワルの影からレーザーのような光が出て来て、一直線にフィカを捉える。するとフィカは、「うぉお!」と叫び、しばらく苦しそうに頭を抑え倒れ込んだ。そして青白い光を纏いながら立上がった時、その顔は無表情でキャフ達に剣を向け襲いかかって来る。
「それではごゆっくり」
エスドワルの影はそう言い残すと、消え去った。
「フィカ様!」
「フィカさん!」
「おい、どうした?」
「どうやら、操り人形になっちゃったね」
皇子の指摘通り、フィカはエスドワルの魔法を受け、操り人形となった兵士達と同じようにキャフ達を攻撃し始めた。味方であれば頼もしいが、敵になるとこれほど厄介な相手も居ない。
今までの冒険で数々のピンチを救って来た彼女の剣技は、今や大いなる災難としてキャフ達に降り注がれた。慌てながらも何とか避けるものの、誰かが怪我をするのは時間の問題だ。
「ひえぇえ〜 止めてニャ〜!」
「お願いです! 止めて下さい!」
ミリナは通魔石に念を込めたが、通じない。
「フィカ、止めろ!」
皆の呼びかけにもフィカは全く反応せず、聞く耳を持たない。完全にエスドワルに洗脳され操り人形と化したらしい。皇子が剣を交わすが手加減をしない分、フィカの方が押しまくる。キャフも、フィカに向けて弓を引く気になれない。
「ミリナ、後で回復魔法を頼む!」
「え、は、はい!」
キャフはそう言い残すと、フィカへ向け、突進した。盾も無く、弓も捨てている。
「ウォオオ!!!」
グサッ!!
フィカの剣が、深々とキャフに突き刺さった。




