第071話 砦の探索
前回のあらすじ
やっと目的地に到着!
それは、まさに廃墟の砦であった。
殆どの窓ガラスはひび割れ破損し、壁のレンガは一部が崩壊、蔦が一面を覆い内部まで入り込んでいる。昔はクムール帝国を監視する見張り台だったのだろう、崖の上に建てられており、その向こうにはチグリット河が悠々と流れていた。この河は長江や黄河なみの大河で川幅がとてつもなく広く、向こう岸のクムール帝国は全く見えない。
6人は馬車を下りた。フィカはグズグズして馬を繋げる木を探し、何度も紐を縛り直したりして一番最後から来るが、その足取りは珍しく遅い。そんなフィカを気にするでもなく、皆それぞれキョロキョロあちこちを見回している。
「あ、窓ガラスに人の影が!」
キャフがそう言うと、フィカは突然砦に背を向け耳を塞いでしゃがみ込んだ。
「キャフ師、どこですか?」
ミリナは全く動じずに、各階の窓をじっと見て探している。ラドルはミリナの背中に隠れ、尻尾と耳をブルブル震わせながら、チラッと覗き込んでいた。皇子が怖がるそぶりを微塵も見せないのは当然として、キアナも何とも感じてない。
「お前は、幽霊が苦手で肝試しに行かなかったんじゃないのか?」
「逆だよ、怒った親ほど怖いのはねえからな、つまんなくて行かなかったんだ」
「そういうものか」
「で、キャフ師、幽霊はどこですか?」
「ああ、あれは噓だ」
その言葉を発した途端、銀の剣がキャフを狙って振りかざされた。
「うわっ!!」
キャフは驚くも、のけぞって何とか難を逃れる。
一歩間違えれば確実に切られていたほどに、殺意が込められていた。
それは、フィカであった。
真剣な眼差しでキャフを睨む様子は本気である。
「ふざけるな! 冗談でも言うな!!」
「あ、ああ。すまない」
やっと剣を鞘に収めた姿を見て、キャフはホッとする。
よほど怖いらしい。彼女は誰とも目を合わせず砦を見ようとしない。
「中に入ってみるか?」
「その方が良いだろうね」
「わ、わたしは待ってるから」
「ああ、良いよ」
尻込みするフィカを残し、5人は建物の中に入った。予想通り、内部は足の踏み場もないほど崩れたレンガやガラスが散乱していた。正面入り口は三階まで吹き抜けであるがらせん階段は途中で崩れている。左右対称の作りで正面上が五階まであり、見晴し台になっている。
キャフ達は注意深く一階の廊下を探索した。河沿いに部屋が並ぶが、扉が壊れているので簡単に入れる。部屋の小さな窓から望むチグリット河は、滔々と水が流れていた。砲台だったのか、もう埃まみれの大砲が置かれている。
幾つか部屋があったものの似たレイアウトで、錆びた剣やボロボロの甲冑がある他は、ゴミや雑草で埋もれているだけだ。壁のところどころに『ユージ♡カナ』みたいな落書きがあるのはご愛嬌だろう。
「階段はないんですか?」
「奥にあるかも、同僚が言ってた」
「何階まで上がったんだ? そいつらは」
「さあ。ちょっと覚えてないな」
キアナの案内で奥へと進むと、突き当たりの部屋の手前に階段があった。確かにこっちの階段は使えそうだ。
「地下もあるぞ」
「行ってみます?」
「そうするか」
キャフとミリナが先頭に立ち、階段を下りる。そこには扉があった。重くて開きそうにない。諦めて再び階段を上る。ここの階段は三階までしかないようだ。五階は見晴し台だから、四階へ上る階段は恐らく正面入り口吹き抜け近くだろう。試しに三階を正面入り口方向に進んでいくと、やはり階段があった。だがところどころ抜けていて危険だ。
「まあ、こんなところか」
キャフ達は二階も軽く見て、元の正面入り口に戻って来た。5人の姿を見てフィカは泣きそうになっていた。1人でいるのも怖かったらしい。普段と違う様子が可愛らしく見える。
何の手がかりも得られないまま、日が暮れ始めた。
今日は曇り空で、星が見えない。
やがて夜の帳がおり、漆黒の闇が支配し始める。ホーホーッと鳴くフクロウも、合奏し始める虫の音も、ここでは異世界の生き物に感じるから不思議だ。焚き火に反射するそれぞれの顔も、心なしかおどろおどろしく見える。
ザザッ
「ひぃい!!」
「大丈夫ですよ,風で草がそよいでいるだけですから」
夕食を食べながら、ミリナはフィカを慰めていた。
だが、フィカの怯えは簡単におさまらない。
「でもどうする? 何もなかったら、それでクエスト終了なのか?」
「どうしよう…… ナゴタ少将が納得するかな……」
「あ、窓を見てみろ!」
「おい、ふざけるな!」
「いや、ホントに!」
キャフが指さす先を見てしまったフィカは、「キャァアア!!!」と悲鳴を上げ、腰を抜かして後ずさりした。恐怖で声も出せない。他の4人はじっと砦の窓を見ている。
そこには、青白い光が幾つか揺らめいていた。




