第067話 ドメルテ再び
前回のあらすじ
沼地のモンスターを倒し、最後に出てきたのは……あいつだった!
「よお、久しぶりだな」
聞き覚えのあるその声は、やはりドメルテだ。大した怪我もしていないようだ。マスクをはめているので表情は伺えないが、左手にボウガンを携え、馬車の方へとゆっくり歩いて来る。フィカはキャフから命じられ、馬車を止めた。
「ラドルとキアナはオレと一緒に外に出ろ。ミリナは防御魔法を発動させて、フィカと一緒に皇子を守ってくれ。後で追いつくから、少し先に行って待ってろ」
「分かったニャ」
「あいよ」
3人が外に出ると、馬車は再び動き出す。ドメルテの目的は皇子らしいが、攻撃の機を逸したようだ。キャフは弓を構えつつ、ドメルテと対峙した。足元は確かにぬかるんでいる。しかも道を少し外れると、大小さまざまな窪地がある。あれに落ちたら危険だ。
ドメルテとは数十メートルの距離。向こうの毒矢の射程距離でもある。彼はボウガンに矢をセットしているから、構えて放つのは一瞬だ。くれぐれも注意しなければならない。
キアナは盾を構えキャフの前に出て、ラドルは後方で術式発動のスタンバイをしていた。
「あ〜あ、この前は仲間だったのに、物騒なこったね」
「あんた、生きてたのか?」
「この通り、ぴんぴんしてるぜ。いま木から落っこちたけどよ」
「良かったな、幽霊砦に居るんじゃないかと心配してたぜ」
「その心配は、自分達にするんだなぁあ!!」
ドメルテは突如右手で背中の袋から鎖鎌を取り出し、キャフへと投げつけた。鎖の長さは相当で十分キャフ達に届いたが、キアナが盾で跳ね返す。軍人だけあって馴れたものだ。
「どうしたんだい? 仲間だったんじゃねえのか?」
鎖鎌を引き戻すドメルテを見ながら、白々しくキャフが言う。
「しらばっくれるなよ,俺があんたらをはめた事、分かってんだろ?」
「何で、あんな事をした?」
「ここで言うなら、やる訳ねえだろ!」
再びドメルテが攻撃に入る。ボウガンで矢を放つが、予測していたキアナは難なく退けた。
「30年やってて良かったのはなあ、体が毒に耐性になったんだ。だから、幾らでも扱えるぜ」
「それは良かったな」
「苦しかったけどな。あんたもそうなると良いな!」
齢に見合わない素早い動きで更にボウガンに矢をセットし、即時発射する。これも再びキアナの盾で防御したが、矢を放つと同時に側面から切り込んできたドメルテはCランクとは言えない威力で剣を振りかざし、キャフ目がけて斬りつけた。キアナが盾を差し出しかろうじて直撃を避けられたものの、突撃の威力でキアナとキャフは吹っ飛び、尻餅をつく。
グホッ!!
さっきの衝撃でまだ痺れている。まともに入ったらかなりのダメージだ。
「なかなかやるじゃねえか」
「あんたもな」
「ファイアボール乱れ撃ち!」
隙を見てラドルが、小さな炎を無数に投げ放つった。
だがドメルテは、防御魔法で無力化した。
「おっさん、魔法も使えるのか?」
「30年は伊達じゃねえよ、こんな技もあるぜ!」
するとドメルテは、竜巻の魔法を引き起こした。
3人は宙に舞い、地面に叩き落される。
「いてぇな、これ」
「素直にあいつを差し出せよ。簡単だろ?」
「そんな気があったら、こんな事やる訳ねえだろ!」
すかさずキャフは背中の筒から弓を取り出し、ドメルテを射つ。
だがやはり動作を見破られ、直ぐに離脱しダメージを与えられない。
白熱したバトルが続く。長期戦になればドメルテの体力消耗が激しくなるが、条件はキャフも大して変わらない。キアナが続いて切り込みに行くものの、うまく躱されてしまう。やはり経験に一日の長があるようだ。
「ラドル、こっちに来い!」
「はいニャ……」
「おっと、そうはさせねえ」
「、てフニャ?」
ラドルと合体魔法を繰り出そうとしたものの、ドメルテが投げ放ったアイスボールがラドルの魔法杖に直撃し、持っている手ごと凍ってしまった。これでは繰り出せない。
「つ、冷たいニャ〜」
『3人とも、離れて下さい!』
突然、ミリナの声が通魔石から聞こえる。指示を受けて咄嗟に3人はドメルテから離れた。すると防御魔法を解除した馬車から、ドメルテ目がけてフィカが槍を渾身の力を振り絞って投げつけた。
グオォオオ!!!
槍は見事、ドメルテの腹に命中する。
ドメルテは槍が刺さったまま、よろよろと歩くと、近くの窪地にドスンと落ちた。丁度そのとき、その窪地から噴水のように蒸気が吹き上がる。しばらく待っても何の音もしないので、キャフは様子を見に、側へ行って覗き込んだ。
(? いないぞ?)
ドメルテを視認できずキョロキョロ見渡したその時、キャフは足元をグイッと引っ張られ、そのまま窪地の中へと引きづりこまれた。
「うわっ!!」
それは瀕死のドメルテであった。槍は抜いたようだが、腹の出血は止まっていない。だがそんな事はお構いなしに、ドメルテはキャフと取っ組み合い殴り始めた。
2人とも泥だらけになって、蹴ったり殴ったりと格闘し始める。オヤジ同士の喧嘩など酔っ払いが溢れかえる夜のホームでしかお目にかかれないが、見映えの良いものでは無い。だが2人は真剣であった。
瘴気のマスクをしているから、派手な格闘は注意が必要だ。案の定キャフは息切れし始め、意識が朦朧としてきた。ドメルテはそれを見逃さず、タックルをかましてキャフを地面に這いつくばせる。
そしてドメルテがキャフの首を絞めようとした時、キャフは残った力を振り絞り思いっきりドメルテのマスクを殴る。するとドメルテのマスクが外れ、飛んでいった。
ウォオ!!、ゲホ、ゲホ
窪地に溜まった瘴気の毒をまともに吸う羽目になったドメルテは直ぐに息がつまり、苦悶の表情をしたかと思うとやがて倒れ込み、事切れてしまった。
ハア、ハア……
キャフもこれ以上留まるのは危険だから、彼の遺体を残し2人の力を借りて地上へと出る。ラドルの凍った魔法杖も解除されていた。歩いてフィカ達の待つ馬車へと向かう。
「終わったよ」
「すみません、ドメルテさんも通魔石を持ってるかもしれなかったので、急にしか伝えられませんでした」
「ああ、大丈夫だ」
「あいつは『闇の住民』だったのか?」
「さあな。そうだとしても口は割らなかっただろう。墓ぐらい作ってやるか」
「そうだな」
現場に戻ると近くにあった太く丈夫な枝を切り、『長くこの地を守った勇者ドメルテ、ここに眠る』と小刀で刻み、窪地の傍らに立てた。
皇子も含め6人で黙祷し祈りを捧げた後にフィカは馬に鞭を入れ、馬車は再び走り始めた。




