第066話 魔瘴の沼地
前回のあらすじ
キャフの活躍で、トロール撃退!
自然は人間を嫌ってないし、好きでもない。
ただ単に、そこにあるだけだ。
だから自然は、人間が好む風景ばかりを用意はしてくれない。
山から下りた先に広がる醜悪で禍々しい色彩の沼地と奇怪な木々が並ぶ森を見て、ここは人間を拒絶していると、キャフ達は感じた。
どす黒い窪地からは何か妖しげな気体がシューッと噴き出している。沼底から何かが噴き出しているのか、水面はボコボコと泡立っていた。近づくにつれ分かったが、何より卵や水の腐ったような不快な匂いが辺りに充満している。
「気分悪くなるニャ〜」
「それもそうだが、地面が緩いな。ぬかるんでるぞ」
フィカも、馬車を操り難そうだ。
「うん、時々馬も抜けなくなるから気をつけな。行軍の時もハマると兵員総出で引き上げてたんだ。あと沼から攻撃して来るモンスターもいるぞ。馬も防御服着用がお勧めだ。そうだ、このマスクは軍の支給品で瘴気から守ってくれる。人数分用意して来たから付けてくれ」
「おお、ありがたい。そうしよう」
キアナのアドバイスを受けてフィカは馬車を止め,蹄鉄を確認し、馬用の軽い鎧も付けさせた。そしてガスマスクのようなマスクを全員が被る。呼吸がしづらいが、死ぬよりはマシだ。
再び馬車を走らせた。フィカの手綱捌きは一層慎重になる。遠くでザザッザザッとモンスターが森の中を徘徊する音がするから、5人とも武器を携えて攻撃態勢をとった。防御魔法は魔素の消費が激しいし、食糧や魔法石も今後の為に稼ぎたい。
突然、側の沼から、ボチャンっと大きな魚が水面を跳ねた。かと思うと、そのままキャフ達の馬車目がけて飛んでくる。そのヒレは翼のように長く、歯は剣山のように鋭く白く輝いていた。
「人食魚だ!! 噛み付かれると肉まで持ってかれるぜ!」
甲冑に身を包んだフィカと馬達は大丈夫だが、残り5人は必死に応戦し、馬車に入って来ないよう切り裂き続けた。数が多いから馬車内で殺したのもある。一部は魚肉として保存できそうだ。
続いて別の沼から、ザッバーンと水がしぶきが上あがり、太い紐のような物が現れ、キャフ達の馬車を目指しスルスルと近づいて来た。
「凶暴水蛇だよ! 頭と胴を切り離さないとダメだ。気をつけて!!」
そうは言っても、クネクネと這い寄って来る蛇の頭を切り落とすのは難事だった。走っている馬車後部から入り込もうとしたので、皇子が剣で対応する。お付きの教師が一流だったらしく剣さばきは見事なもので、あっという間に頭を切り落とした。
矢継ぎ早の攻撃を受けるが、全員無事で、人食魚の魔法石四個と魚肉が収穫となった。キアナの持って来た専用包丁で鱗を削ぎ内蔵を切り取ると、保存食用に持ってきたオリーブオイルの甕に放り込む。
「未だ、この沼地は抜けないのか?」
「うん、しばらくこれが続くよ」
ゲロゲーロ!! グワッグワッ!!
休む間もなく、今度は立てばラドルくらいはある巨大な魔蛙が現れる。大きく飛び跳ねて、キャフ達の客車の中へと入り込もうとしてきた。
飛び降りて来る瞬間を逃さずラドルが魔法杖からファイアストームをお見舞いすると、炎は魔蛙の口の中に入り込み爆発、哀れ魔蛙は内蔵が黒焦げとなった。
「蛙は足のお肉がぷりぷりしてるニャ〜」
と言いながら、ラドルは緑の魔法石と太ももを回収する。
「良い調子かな?」
「何とかなりそうだね」
攻撃が少し止み安堵したのも束の間、今度は木の上から光る矢が放たれた。
「危ない!」
キャフが気付いた時には既に遅く、その矢は皇子の右肩に突き刺さる。
みるみるうちに、皇子の顔色が悪くなった。
慌ててキャフが皇子の腕の甲冑を外して傷口を見ると、どす黒い。
毒矢だ。
わずか数分でぜえぜえ言い始め息を切らす皇子を見るに、毒の回りは非常に早い。
「ヤバい、毒を出さないと、回復魔法も間に合わん」
「じゃあ、わたしが口で吸って、イタ!」
下心丸出しのラドルを叱りつけ、キャフは持って来た袋から布を取り出し右肩を縛る。
そして、腕をつかみ毒で変色した血を搾り取った。
「う、うう……」
美少年が苦痛で顔を歪める姿に悶える人もいるだろうが、おっさんであるキャフにとっては単なる治療行為である。勿論、ここで皇子を無き者にしようとか言う下心も無い。
高熱も出てうなされる皇子を、必死に手当てするキャフであった。
何とか処置の甲斐があったようで、呼吸も落ち着き始める。
「多少、安静になったな。ミリナ、頼む」
「はい」
ミリナの治癒魔法でひとまず一命を取りとめたが、敵は諦めていないようだ。
ヒュッ カーン!
再び毒矢が馬車目がけて射ち放たれる。今度はキアナの盾で防いだ。
今度も、狙いはやはり皇子らしい。
「誰だ?」
明らかにモンスターでは無いその攻撃に、キャフ達は狼狽する。木々の上から放たれているので、姿が見えにくい。ただ矢の数から判断するに、単独行動のようだ。
「あ、あそこニャ!」
ラドルが指さした先には、確かに人がいた。不規則に枝から枝へと飛び移っており、キャフの洋弓では狙いを定め難い。すかさずキアナはボウガンを取り出して射ち応戦する。だが当たらない。
「わたしがやるニャ! 皇子の敵!」
まるでさっき怒られた鬱憤を晴らすかのように、ラドルは敵のいる木に向けてファイアストームを撃ち放った。ちなみにキアナは皇子の正体を知らず、単なるあだ名だと思っている。
旅を始めた頃より遥かに威力が強くなったラドルの炎は、木一本を丸ごと吹飛ばすに十分な威力であった。敵はたまらず地面に降り立ち、その正体が判明する。
「え?」
そう、古びた甲冑を着たその男は、行方不明のドメルテであった。




