第006話 女騎士
前回のあらすじ
キャフの発明品、意外と使える。
2人は、改めて今いる森の中を見渡した。
森は硬葉樹林で、木々の根元にはキノコが生えている。
足元は多少ゴツゴツしているけれど岩盤は固い。
コケが生えているぐらいで歩きやすそうだ。
鳥の鳴き声だけが響き、既にゴブリンの気配はなくなった。
転がった先をたどると、傾斜はあるが遠くに道も見える。
旧道には直ぐ出られそうだ。
ただ薄暗い森では時間間隔が麻痺して、どれぐらい経ったか分からない。キャフは自分の荷物袋を漁ってみると、持って来た手巻き式時計は既に壊れていた。
「お前,時計持って来たか?」
「うんニャ? 猫は自然時計があるニャ!」
フン、とラドルは偉そうに言う。
「じゃあ、いま何時だ?」
「……分からないニャ」
悔しそうな顔をして、うつむくラドルだった。
「仕方ない、念のため所持品を確認しろ」
とにかく今は、2人しかいない。
キャフの提案にラドルも同意し、お互いの所持品を確認する。
ホテルに泊まる予定であったし、途中の休憩所で食事するつもりだった。
だから食糧は乏しく、2人合わせてもパン四つと水筒ぐらいしか持ってない。
道具も、魔法石関連の精密工具ぐらいしか持ち合わせてない。他は旅行向けの雑貨品だ。武器になるような物は無い。いまモンスターが現れたら、ラドルの魔法しか応戦できない。
「お前、着るもんばっかだな」
「お、女の子だから仕方ないニャ! そういう師匠も、魔法石とかの道具ばっかりだニャ!」
「しょうがねえだろ、魔導師なんだから。もう違うけど」
図星を突かれ、ふて腐れるキャフだ。
「それより師匠、本当に魔法使えないニャんか? このステッキ、試しに使ってみるニャ!」
と言って、ラドルは自分のステッキをキャフに渡した。
ラドルの魔法杖を持つのは恥ずかしいけれど、背に腹はかえられない。キャフは試しにエアストームを起こそうかと、ステッキを目の前にある木に目がけて振り下ろしてみる。
「ふん!」
……
だが、そよ風すら起きなかった。
「ほら、これ見てみろ」
ステッキの柄にある印が、赤になっている。
封印解除されていない状態だ。
「確かに。仕方ないニャ〜」
これを見て、諦めるラドルだった。
「お客さんの荷物で使えそうな物は無いかニャ?」
「止めとけ。死者の遺品を奪うのは信義に反する」
「分かったニャ…… それより徒歩移動となると、荷物は自分持ちニャよ?」
「そうだよな…… 大事な物だけ持って行くか」
師匠の荷物を持つほどの、気遣いはないらしい。
ここでラドルの機嫌を損ねては、元も子もない。
お互い最小限の荷物にして背負って歩き、旧道へと戻った。
無事旧道に出てみると、モンスターどころか馬車の往来もまったく無い。先ほどの襲撃が引き金となって、通行止めになったのかもしれない。
ラドルが放った火焔で煙が上ったから、いずれにせよ誰かは気付いただろう。そうなれば捜索隊が出される。彼等に救助されるのが一番良いが、助けが来ない今は自助努力するしかない。
「今から二十キロか……ホントにたどり着けるのか?」
旧道も両脇を木々が連なり、鬱蒼としている。隙間から青空が見えるものの、太陽の位置は見えない。焦って進んでも、体力が無くなったら状況は更に厳しくなる。慌てないのが肝心だ。
「その時は、野宿ニャ!」
ラドルは、気楽に言った。
「お前、食べ物だいじょうぶか? 食いもん、一人パン二つだぞ?」
「だいじょうぶニャ! ネズミくらいは捕れるニャ!」
ラドルは、得意そうに胸をはる。
「……そうだな。頼む」
ネズミ料理は未体験だが、信じるしか無い。
ラドルの魔法で火を使えば、何とか食えるだろう。
「そもそも師匠、むかしは冒険者だったよニャ?」
「ああ、そうだが」
「じゃあ、野宿は平気なんじゃニャいか?」
「あの頃はな。若いときと一緒にすんな」
「……そっか〜 めんどくさいニャ」
ラドルは、幼い子供の我がままを見るような顔をした。
「しょうがねえだろ、あの時だって最低限テントはあったぞ。何も装備が無い状態で、この齢でマント一つで森の中で寝るとか無理だ。腰痛になるし、翌日まで痛みが残る。オレは嫌だ」
怒ってはいないが、キャフは露骨に嫌そうな顔をしている。
「わたしは大丈夫ニャ!」
「じゃあ、お前だけやれ。とにかく、オレは無理だ」
一度贅沢すると生活ランクを落とすのは難しい。
こんな状況でも、まだ我が儘を通すキャフであった。
「師匠、もっと現実を見るニャーよ、ここで助けになるのは、わたしだけニャよ!」
「あんなファイアボールだけでなに言ってんだ。もっと修業しろ」
説教を垂れるが、ラドルの言っていることの方が真実だ。
モンスター蠢く魔の森で、今のキャフに出来ることはない。
「ニャー! それでも倒せたんだから、良いんだニャ!」
「魔素を渡した、オレのおかげだろ。目を覚ませ」
「師匠のバカ!」
パカッ パカッ パカッ……
悪態をつきながら旧道を歩き始めた2人の背後から、馬の駆ける音がした。
振り返ると、騎士が1人、馬に乗ってこちらへと向かってくる。
「これは助かったニャ! おーい、助けてニャ!」
ラドルが大きく手を振ると、騎士は手綱を引き2人の手前で馬を止めた。
「助かったニャ! ……にゃ?」
近づく騎士の姿を見て、ラドルは少し戸惑った。
鉄の甲冑だから体型は分からないが、兜を被ってないので、女性と直ぐ分かる。
二十代、それも後半か。
長い髪はきれいだし、顔も美人だ。けれど無表情で、冷たい印象を受ける。騎士に相応しく冷静で無駄のない態度で、何事にも動じない強靭な精神を感じさせた。
「捜索隊だ。モンスターに襲われたのか?」
女騎士は2人に聞いた。
「ああ、そうだ。ゴブリン三匹だった」
「名前と身分証は?」
「オレの名前はコフだ。こっちはロミ。すまんがこうなると思わず、身分証は持ってない」
キャフは偽名にした。ラドルも察したのか、何も言わない。
身分証不携帯は罪ではない。
「他に生存者は?」
「いや、俺たちだけだ」
「そうなのか」
女騎士は怪しい目で、2人をじっと見た。
どうもキャフ達が殺したのかと、疑っているようだ。
「詮索しないでくれ。とにかく近くの停留所まで案内して欲しい。モドナに行きてえんだ」
「残念だが、この馬車の襲撃情報により、旧道は封鎖されている。私の馬も、この通り捜索用の道具を載せている。済まんが3人は乗れない。案内はするから、現場の検分が終わった後、歩いてついて来てくれ」
「ああ、分かった」
女騎士の要請で、2人は殺戮の現場に戻って来た。改めて見ると、凄惨な現場だった。既に死体には野生動物達が群がり、血の臭いが満ちている。ラドルは顔をそむけた。女騎士は手で鼻を覆いつつ腰の鞘から剣を取り出し、動物達を軽く薙ぎ払って追い返した。
「酷いな……」
剣をおさめると、女騎士はノートに何やら記録し始めた。提出する報告書向けなのだろう。くまなく歩き、遺体や客車を大まかに見て回った。
一通り終えると、3人は死者を悼むために黙祷した。そして女騎士は見つけた各死体を検分し、遺体の形見を回収する。2人は女騎士が持って来たシャベルを使って土を掘り、3人で死体を埋めた。
最後に改めてもう一度祈りを捧げ、近くに咲いていた白い花を手向けた。
全て終わった時、空は薄暗くなり始め、夜が近づきつつあった。
「終わったな」
「ああ」
「では、行こうか」
女騎士は荷物を積め、馬に乗って常歩の合図を送り動き出した。2人は脇に付いて行く。ああ言われたせいか、ラドルは警戒気味だ。女騎士に向ける視線は、キャフに対するそれとは違う。
「一般人か? 冒険者とか?」
女騎士は再び、キャフに向かって尋ねる。
「まあ、一般人だ」
キャフは、はぐらかした。
まだ女騎士を信頼できない。どこまで言って良いのか計りかねた。
「なぜ君たちだけが、生き延びたのだ?」
尋問するような口調は、やはり女騎士がキャフ達を疑っている証拠だろう。
「ああ、すまん。こいつは魔法使いなんだ。それで、ゴブリンを一発よ」
「はいニャ!」
ラドルはステッキを見せながら、女騎士に胸を張って答えた。
「ふーん、そうか」
それでも未だ、女騎士は疑っているようだ。
ラドルの警戒心が強くなったのか、尻尾が緊張している。
「それより休憩所まで、どれくらいの距離だ?」
キャフは、話題を変えた。
「私は反対側の地域担当だから、詳しくは知らない。せいぜい一時間と思うが」
「そっか」
ヒヒーッン!!
突然、馬が嘶きながら前足を上げ、停止した。
「どうした? ルーフ」
女騎士は少し慌てて馬を御した。ルーフとは馬の名前らしい。
「あれだよ、騎士さん」
キャフが指差したのは、道の真ん中でこちらを睨む、灰色狼だった。
グルル……
飢えているのか、唸り声を出している。
「月も綺麗だな」
キャフの言う通り、日が沈みかけた空に満月が白く輝き始めた。
ちょうど今が、狼の活動期だ。
「あれは、モンスターか?」
キャフが聞く。
「そうだろう」
女騎士は答えた。




