第054話 特訓 ※
前回のあらすじ
キャフ、弓兵になります。
冒険の準備は大変。
翌朝、フィカとキャフは再びギルドへと向かう。
今日はギルド別館にある練習場で、弓の特訓だ。フィカが指南役を買って出てくれた。特訓と言う言葉に魅かれるのか、キャフよりも気合いが入っている。根が体育会系なのだろう。今も軽装だけれど、剣は携帯している。
弓矢の購入時にも、フィカだけ付き合ってくれた。真剣な眼差しで時間をかけて弓矢を鑑定し、「これが良い」と差し出したのは、大きさもしなり具合もキャフにぴったりの、真竹の弓であった。「手入れもちゃんとしろ」と言われ、ケースに入れてホテルまで持って来た。馴れた手つきで、弦も張ってもらった。
「弓も出来るのか?」
「単独行動で数日過ごす時もあったからな。動物を狩る手段は、複数持つのが常識だ」
ずっと魔法使いで通して来たキャフは武器類に精通していないので、フィカの存在は頼もしかった。
「師匠、行ってらっしゃいニャ〜」
「キャフ師、お疲れ様です」
「キャフ君、頑張って来てね」
3人ともに、和やかな顔をしていた。それもそのはず、今から3人は冒険前のひと休みとして海に泳ぎに行く。襲撃も気になるが、ムナ皇子の正体を知った今、襲撃する相手の方を心配するべきかも知れない。それよりも3人だけにする方が、キャフとしては気が気では無かった。
「大丈夫。僕は女の子、そもそも人間に興味ないですから」
キャフと2人で部屋に居た時にそう言っていた皇子だが、信用できない。お前が興味なくても、あっちはあるだろう。事実、今日もラドルはガーリーなファッションで昨日より一層気合いが入っている。
下手な事を言って面目丸つぶれも嫌だから、キャフは黙っていた。とにかく今は、弓術を身につけるのが先決だ。冒険で師匠が死んでは、元も子もない。
「ほら、行くぞ」
「お前ら、勉強もしておけよ」
「はいニャ」
「はーい」
明らかに気の無い返事だ。複雑な顔で別れを惜しむキャフを見透かしたかのようにフィカに促され、ホテルに停車中の乗合馬車に乗り込んだ。今日も良い天気で空が眩しい。平日昼間なのもあって、客はまばらで空いている。ちょうど二人席が空いており、並んで座った。
思い返すと、フィカと2人きりの行動は珍しいかも知れない。彼女は来なくても良い旅に同行して貰っているし、一番頼りになる存在だ。馬車はガトゴトと音を立てながら、ゆっくりと進んでいった。
「フィカ、ありがとな」
「あ、ああ」
突然のキャフの感謝の言葉に、戸惑うフィカだった。少し照れも入っているようで、キャフをみることなく外を眺めている。攻めるのは好きだが厚意には弱いらしい。
「あんたが来てくれて、かなり助かったよ」
「捜索隊も解散したし、今は目的も無いからな。ちょうど良い暇つぶしだ。わたしも、金銭面で助かっている」
「お前,家は何処なんだ?」
「……帰る家なんて、ない」
「そうなのか……」
聞くべきでは無かったと、キャフは後悔する。しばらく沈黙が続いた。
「……私の住んでいた村は、ここから反対の西の方にあった」
ぼそりと、フィカが話を始める。
「だが流行病で、両親や親戚は死んでしまった。残されたのは兄者と2人。王都に紛れ込んで、生活をしていた。運良く兄者は第七師団に採用されたんだけどな、行方不明さ。わたしが捜索隊に入ったのも、兄者の亡骸を探す為だった。だからこの旅も、わたしにとって意味があるのだ」
「……そうだったのか。行方不明の場所は知ってるのか?」
「分からん。極秘任務なのか、詳細は教えてもらえなかった」
「そうか」
フィカの身の上話を聞き、キャフはこの冒険への思いを益々強くした。
「それより、この旅はどこで終わらせる? あいつらのレベルアップだけなのか?」
フィカは、事情を察している。ここで噓を言っても仕方ない。
「ああ、お察しの通りだ。お隣さんの様子を見に行かねばな」
「チグリット河を渡るのか?」
「分からん。状況次第だな」
「第七師団ともコンタクトするのか?」
「恐らく、そんな状況になるだろう。ただお前の兄さんを貶める訳では無いが、かなりいい加減だぞ、あれ。オレが冒険者やってた頃は、横領や賄賂は当たり前で、嫌な奴らばかりだった」
モンスター生息域の保護名目として、幾つか軍が管理している地域があった。レベル次第で入れる場所に、袖の下が必要なんて日常茶飯事だ。
「ああ、知ってるさ。兄者も言い難そうにしていた」
馬車は坂を上り下りして、途中の停留所で止まる。乗り降りするお客が少しずつ増えて来た。ホテルはギルドの反対側だから、目的地の『ギルド前』停留所に辿り着くまでには街の中心である大通りを通る。初日に停まった中央ステーションも通過した。右手に丘へと続く坂が見える。
相変わらず街は賑やかで、広場ではピエロが何かやっていて、人だかりが出来ていた。平日でもこれだけ人が居るのだから、観光客も多いのだろう。
「良い街だな」
ぼそっとキャフが言った。
「ああ」
フィカも同意する。
王都でのいざこざに巻き込まれたキャフにとって、良い気晴らしだ。やる事がなくなると、メンタルに影響が出て鬱になりやすい。こんな街でノンビリできるのはラドルのおかげでもあり、他のメンバーがいてこそだ。
「ただしばらく居るとなると、今以上に金も必要だな。やはり魔法石や道具を獲って、ある程度収入上げる必要はあるか」
「このメンバーなら、大丈夫だろう」
やがて馬車は、ギルド前に到着する。
先ほどの大通りと違い、壁の至る所に落書きされているのが此処らしい。
まずは昨日借りた貸倉庫から残りの装備を取り出し、着替える。
ギルド周辺には何でもある。モンスター生息域に出入りする冒険者達の為に、脱衣所や浴場なども完備されていた。洗濯サービスもある。人の集まる所にお金も集まる。だから此処に引き寄せられるのだろう。
キャフは着替え終えると、待っていたフィカと一緒に別館へと赴く。別館は広い体育館や競技場、格闘技場や魔法道場など、冒険者を鍛える為の設備が一通り揃っている。キャフ達は弓道場へと行った。
初心者向けの道場には、的となる巻藁が十人分置いてある。その一画に2人は入った。矢も自前で数十本買ったので、早速射ってみる。
ヒュン! カーン
巻藁に擦りもせず、壁にぶつかり跳ね返った。簡単かと思ったが意外と難しい。
「お前、大丈夫か? こうやるんだ」
見かねたフィカがキャフの背後に回り、キャフの手を取って一緒に弓を引いた。近過ぎて、背中に柔らかい感触がある。(集中集中)と雑念を払って弓を引き絞り、前の巻藁を見据えて矢を放った。
ヒュン! ズドン!
今度は、何とか当たる。
「よし、全部射ってみろ」
有無を言わさぬ空気で、キャフから離れたフィカが命令する。もう一度失敗したら再びくっついてもらえるかと期待したが、そんなチャンスは無かった。
……
矢を使い果たした頃には、一応様になった。だがキャフは体力の限界でヘトヘトだ。昼も過ぎたので、近くの軽食屋でお昼にする。モンスター肉を使ったハンバーガーを食べた。
モンスターが内蔵する魔法石は殺菌作用があるのか、寄生虫はいない。そのためこう言った食材としても重宝されている。つまり、モンスター生息域自体が、人間の営みに必要な要素を補っていた。
「午後からは中級者向けな」
そう言われた弓道場に行ってみると、今度は巻藁が宙にぶら下げられていた。考えたらモンスターは動くのであるから、実践的と言えるだろう。中央にキャフが立ち、フィカが的となる巻藁を揺らす。これを当てて行くのだが、初心者には不可能な難易度であった。夕方までフラフラになりながら特訓する。
「動きをもっとスムーズに!」
「的は心の眼で見ろ!」
フィカの指導があっているかどうかは分からないが、未だ訓練が必要だ。
「この辺で終わるか。数日は訓練だな」
ホテルに戻ると、3人は小麦色に日焼けしていた。その後も2人はギルドへ通い、キャフがヘトヘトになるのとは対照的に、3人の肌は焼けていった。ホテルで時間があるとき、キャフはミリナと相談し、通魔石をもらって矢を作り始めた。
そして数日後。
「今日は、ミリナも来てもらえないか」
「良いですよ。どうせなら、皆で行きますか?」
確かに、あいつを2人きりにしたらヤバそうだ。真っ黒になった3人を含めて乗り馴れた馬車に乗り込み、ギルドへと向かった。何時もの中級者向け弓道場に行く。他の施設もあるから、3人は興味津々だ。
「じゃあ、ミリナ、手伝ってくれ。フィカもいつものように頼む」
「分かりました」
「了解」
宙に舞う巻藁に囲まれ、キャフは精神統一し、弓矢を射ち放った。すると矢は全ての巻藁の中心に命中した。百発百中であった。
「師匠、凄いニャ!」
「キャフ君、名人になりましたね」
ラドルと皇子は感嘆する。
「なに、ミリナの通魔石とオレの畜魔石の粉を、矢に混ぜたんだ。ミリナの追尾で、オレの矢でも百発百中、て訳さ」
「位置関係と速さ次第ですけどね。あくまで補助です」
「良いだろう。これなら、いけるな」
フィカのお墨付きが出て、ようやくモンスター生息域へ向かう目処がついた。




