第053話 冒険者ギルドへ
前回のつづき
また一人、仲間が加わった。怖いんだけど。
「モドナ冒険者ギルドへようこそ! 登録はこちらです」
受付は、可愛らしくも落ち着いた雰囲気の女性であった。個人情報保護なのか、残念ながら名札は付けていない。リーダーであるキャフを先頭として5人は窓口に赴き、手続き書類を作成する。
晩餐会翌日の朝、ムナ皇子がホテルにやって来た。そして今キャフ達がいるのは、モドナ北東部、鬱蒼としたモンスター生息域境界の近くにある冒険者ギルドだ。周辺に張り巡らされた高く頑丈な壁の向こうは、モンスター達が跋扈する魑魅魍魎の世界。一度足を踏み入れたら命の保証はない。
ここモドナの生息域は旧道から迷い込んだ地域より更に濃い森に囲まれ、内部の様子は伺えない。遠くから、モンスター達の唸り声や叫び声が時折聞こえる気がする。
緊急時での要塞の役割を想定しているのだろう、ギルドの建物は城のように頑強な五層の造りで最上階は展望台だ。モンスター討伐を主にした第七師団とは違い、ギルドは民間組織である。だが都市部を襲うモンスター討伐時の協力や魔法石の産業応用に関する契約を王国と締結しており、半官半民のような組織だ。
登録作業の待ち時間、展望台に上って5人が目にしたのは、モンスター生息域とモドナの遮断する壁の先にある、幅百メートル以上の空堀であった。モドナの街に沿って延々と伸びている。モドナへのモンスター侵入を防ぐ緩衝地帯だ。
「わー 凄い!」
「あそこが、モンスター生息域だ」
「私達が入った場所とは、違いますね」
「ああ。こっちの方がモンスターレベルも高い。それにモドナは大都市だ。これくらいしとかないと、一般人に犠牲者が出る」
「お前は、来た事あるのか?」
「いや。オレは王都イデュワに近い地域を根城にしていたから、ここは初めてだ。でもどこも似たようなものさ」
外海の大北洋に流れ込むチグリット河、世界樹、そしてウルノ山脈の先にありムナ皇子の故郷であるペリン山脈等の位置が、展望台の四方のガラスの下にまるで観光案内のように描かれている。ただ山や世界樹は遠く霞んでおり、殆ど見えない。0.1ガルテ払えば望遠鏡も使えるが、そこまでする必要も無い。
眼下にはギルド周辺の街がある。ギムの住むサローヌ城と違って、ギルド周辺はスラム街のようにバラックのような家やおんぼろホテルが多かった。その近所には、金ピカで派手な巨大ショッピングモールもある。おおかた武器装具の取引で、しこたま儲けたのだろう。どの冒険者の街も、貧富の差は激しい。ただこういう冒険者の街にいる金持ちで、まともなやり方で儲けた奴はいない。
ギルド内ですれ違う輩も皆鋭い目付きで歴戦の跡が顔に表れ、普通の人間を探す方が難しい。掲示板の部屋はタバコ臭く、入った時ミリナやラドルは顔をしかめたくらいだ。みな一攫千金を夢見て、訳ありで世間を捨てたならず者ばかり。更なる刺激を求める中毒者も多い。
だが古くはアフリカからの人類脱出、アレクサンダーのペルシャ遠征やカエサルのガリア遠征、大航海時代にゴールドラッシュと、そんな無謀で向こう見ずな奴らが歴史を作って来た。ここにいる彼らにも、歴史に名を刻む権利があるかも知れない。
キャフは昔を思い出していた。名を上げる為に単独登録してモンスター退治をした頃、ランクアップにつれ知り合いも増え、やがてサムエルやギム達と会った頃。若さ故の向う見ずな失敗もしてきたが、良い思い出だ。だが今回の旅は、弟子を育てるという今までと異なる目的を持つ。
一階に戻り、呼ばれるのを待つ。受付嬢は、馴れた手つきで登録を進めている。しばらくして「キャフ様」と呼ばれたので、窓口へと向かった。
「えっと、フィカさんが剣士、ラドルさんとミリナさんが魔法使いで良いですね?皆さんは各協会に属していますから、そのままの職業になります」
「分かった」
「それで、キャフさんですが、魔法協会から使用停止処分を受けてますね。これでは魔法杖は使えません」
「ああ。転職する」
「そうですか。どれにしますか?」
「弓兵で」
これは、来る前から考えていた。
少し鍛えねばならぬが、他の職よりは出来るだろう。
「分かりました。弓矢協会にも登録しておきますね。で、リムロさんは昨日登録済ですが、騎士で良いんですか?」
「お願いします」
下手に晒せば、モンスターよりも人間に狙われる可能性があるので、ここで第四皇子の身分は隠し、偽名で登録してあるそうだ。
「では皆様のランクですが、Dランクのミリナさん以外は新規参加となりますので、最近一年間の健康診断と体力測定の結果から算出です。フィカさんは捜索隊での活動を加味してDランクです。ラドルさんは魔法協会での身分と同じFランク、リムロさんはEランクです。それでキャフさんは新人なので、Gランクからになります」
「師匠、びりっけつニャ〜」
「うるせえな、直ぐ抜かすぞ」
「それぞれの色がついたこのラベルは、肌身離さずお付け下さい。死んだ時の照合も兼ねています。大丈夫ですか? モドナはDランク以上が一般的なのですが」
「ああ、かまわない」
キャフは黒、ラドルは薄灰色でリムロは白、ミリナとフィカには黄色のラベルが渡された。ちなみにCは桃色でBは赤、Aが青である。冒険者と遭遇したときの、相手の力量を測るおおよその目安としても使われている。ちなみにその上のSランクは藍色で、最上と呼ばれるSSランクは紫だ。キャフの家には冒険者時代に得た紫ラベルが額に入って飾られているが、今は通用しない。
(あいつ、細工しやがってるな)
本気を出したら、AランクどころかSSも余裕なはずだ。
「では登録料金は一人十ガルテ、キャフさんだけ新規登録料五ガルテ追加で、計四十五ガルテです。モンスター生息域へは、裏にある入り口からどうぞ。イベント依頼やパーティー募集の掲示板はあちらで確認して下さい。また持ち帰った魔法石や道具類の鑑定は二階になります。留守中の相談や保険サービス等の取扱いは三階です。練習場はこちらから左へ行った別館になります。それでは終了です。お疲れ様でした」
キャフ達は、ギルドを出た。
直ぐにモンスター退治にいけるほど、準備万端では無い。
「じゃあ次は、荷物を置いたら買い物に行くか」
ギルドを出て貸倉庫屋に行く。宿泊はあのホテルで良いとしても、使わなくなった武器や防具等かさばる荷物はこの周辺に置いた方が楽だ。とりあえず一ヶ月契約で、5人分の小さな小屋を借りた。
その後はショッピングモールで、武器や防具の買い物をする。各自好きな店に行き、お金が許す範囲で剣や防具や魔法道具を揃えた。特にキャフは全て新調しなければならない。結構な出費だ。
一通り揃えたら倉庫に置いて乗合馬車に乗り、ホテルに戻る。
レストランで出発前の乾杯といきたいが、リム皇子の件もあるからルームサービスだ。
「じゃあキャフチームの前途を祝して、乾杯!」
「かんぱーい!!!!」
「え、ムナ皇子も飲めるニャんか?」
「王族は、治外法権だから」
「そんなものかニャ〜」
実は年上と気付かずに、一緒に飲むラドルである。
「それよりキャフ、何時から行くのだ?」
フィカが聞く。
「そうだな…… まず明日は、弓の練習したいんだが、どうだ?」
「確かにな。じゃあ特訓だな」
フィカは、何かを含んだ笑みを浮かべていた。




