第005話 蓄魔石(チャージ・ストーン)
前回のあらすじ
魔導師キャフ、私服がダサい。
「し、師匠、どーするニャ?」
横転した客車の下で、ラドルは怯えた猫のように、耳も尻尾も垂れ下がりブルブル震えている。
「どうすっかな」
キャフは取り立てて慌てもせず、自分の荷物袋の中に手を入れて、ゴソゴソ何かを探していた。
キャー!! 助けてくれーー!!
ゴブゴブ!! ゴブゴブーー!!
外では、ドサッと倒れる音、バタバタとのたうち回る音が、不気味に幾つも聞こえる。そして襲っているのは、人間では無さそうだ。こちらに来るのも、時間の問題だろう。
「お前、魔法杖は持って来たか?」
荷物袋をひとしきり漁ったあと、キャフが聞いた。
「もちろん! 魔法使いのたしなみニャ!」
そういうと、ラドルはカバンから杖を取り出した。ギャルらしく、杖より魔法少女のステッキに近い。ごちゃごちゃした装飾が付けられ、色も派手なピンクだ。
「でも、わたしゃ魔素が少ないニャ……」
耳を下げ残念そうに、ラドルは呟く。
「ほれ、俺のを渡すから。これ使え」
そう言ってキャフは、袋から琥珀色の魔法石を取り出した。
「こ、これはもしかして、《蓄魔石》ニャんか?」
「ああ、俺の魔素をお前に渡す」
「師匠、ありがとニャ!!」
魔素を蓄積できる魔法石《蓄魔石》は、キャフの発明の一つである。
それまで魔法石の役割は、魔素の増幅だけと見られていた。
魔法を発動する際、魔素はエネルギーとして一過的に魔法杖を流れる。だから、魔素の多い人間だけが、魔法を使える。
だがキャフが見つけた組み合わせは、魔法石への魔素エネルギーの蓄積を可能にした。
現代世界で言う、電池と同じ理屈だ。
そうなると、魔素が少なくても、魔法が使えるようになる。
画期的な発明だ。
《蓄魔石》の命名は、キャフである。この発見を疑問視され、異端視されたのが、事の顛末であった。ただ《蓄魔石》の原材料はキャフしか作れない為に不正の証明も難しく、結局は賢者達の判断でしかなかった。
ラドルは受け取った《蓄魔石》をステッキにはめ込むと、青く光始めて、魔法の発動が可能になった。
「よっしゃ、やったるニャ〜!!」
ラドルは元気良く、外へ飛び出した。
援護のために、キャフも続く。
「あ、あいつ術式は入ってるのか?」
ふと大事な点に気付く、キャフであった。魔法は、魔法杖の中にある術式で発揮される。いくら魔素が高くても、術式に未入力の魔法は発動できない。
魔法使いとして初心者であるラドルが使える術式は、多くない。
肝心な事を失念していた自分に、キャフは頭を抱えた。
グオーー!! ゴブゴブ? ゴッブ〜!!
ラドルの突進に、モンスター達は気付く。
鳴き声から予想していたが、ゴブリン三匹だ。
本来のキャフであれば、ゴブリンごとき火焔魔法一発で全滅できる。
魔法が使えないのがもどかしい。でも今は、ラドルに託すしかない。
かよわい猫娘一人の突進に、ゴブリン達はニヤニヤ笑っているようだ。
「覚悟するニャ!」
だがラドルは怯まずにステッキを振り、詠唱を始める。
そして「ファイアボール!!」と叫び、ステッキを一匹のゴブリンに向けた。
(やはり低レベル魔法しか出せないか……)
想定内とはいえ、少し落胆するキャフだった。
だがそれは一瞬のうちに、驚愕へと変わる。
ボワッ!!!!
ウギャーー!!!
ステッキから出て来た炎は、低レベルとは思えないほど、凄まじい威力の火球であった。威力の反動で、ラドルは尻もちをついてしまう。
直撃を喰らったゴブリン一匹は、一瞬のうちに炎に包まれると倒れ込み、動かなくなる。
ゴッブゴブ!? ゴブゴーー!
変わり果てた黒焦げの死体を見て、残り二匹のゴブリン達は恐れをなし、森の奥へ逃げて行った。
どうも、終わったらしい。
放心状態なのか、ラドルは呆然と座っている。
キャフは小枝を拾い、死体に突き刺した。まだ熱いそれは、簡単にぼろぼろと崩れる。炭化し過ぎて、体の一部を持ち去れないほどとは……骨まで焦がすなんて、相当な火力だ。
(何だ? あの魔法?)
キャフも想定外の、威力であった。
熟練の魔術師なみの技だ。ラドルに出来るはずがない。
「師匠、やったニャ! モンスターに会うのは初めてだったけど、わたしも出来る女だニャ〜!! 今の魔法、凄かったかニャ?」
立上がったラドルは無邪気に喜んで、ステッキを振り回していた。綺麗な服は、すっかり泥だらけだ。だがそんなことは頓着せず、得意げな顔をしている。
「あ、ああ。お前、魔素数は幾つだ?」
キャフは気になって聞いた。
「この前の定期検査では、18ニャんよ? 3だけ上がったニャ」
「そっか。やはりFランクだよな…… 今の威力は明らかにBランク以上だぞ」
「きっと、師匠のおかげニャ! この魔法石は、相性良いニャ!」
「まあ、そういう事にしておくか……」
以前、弟子の一人に《蓄魔石》を試したとき、魔法の増幅はなかった。使用者によっては、未知の作用があるのかも知れない。自分の作った発明品とはいえ、予測出来ない効果があるらしい。とりあえずラドルを○俗に売り飛ばさずに済みそうで、気が楽になったキャフであった。
「しかし、この辺にもモンスターが出るんだな……昔は安全地帯だったのに」
旧道だから、作られた当時はモンスター生息域から離れていた筈だ。
冒険者だった頃の記憶をたぐっても、こんなところでモンスターバトルをした経験はない。
だが時代を経て、ここまで生息域は広がっているらしい。乗客は、全滅した。行く末を案じる、キャフであった。
「師匠、これからどうするニャ?」
「そうだな……ここに来る前にあった標識だと、近くの街まで最短でも二十キロだ」
「そんなに! 師匠、飛べない?」
「だから魔法使えねえって。それよりお前,術式に何が入ってる?」
今はラドルだけが頼りだ。とにかく、状況把握に努める。
「……さっきのファイアボールと、アイスボールぐらいニャ……」
申し訳なく耳を垂れるラドルだった。
「来年の魔法総会では、もっと入れてもらうニャ!」
キャフに悪いと思ったのか、弁明している。
ラドルが言うように、新しい術式は、一般に魔法総会と呼ばれる魔法使いの集会でアップデートされる。そこで公認された術式やレベルに応じた術式の入力が、許可される仕組みだ。
「まあ、良くやった。先ずは旧道沿いに歩いて行くしか無いだろう」
「モンスター来る?」
「さあな」




