第049話 逃避行
前回のあらすじ
夜のモドナも良い所。って、お父さん?!
ハア,ハア、ハア……
おっさんは全力疾走なんて滅多にしない。しかも酔っているから酒の回りが早い。フラフラで倒れそうになりながらも、少年の手を引いて必死に逃げるキャフであった。
土地勘は無いので片っ端から細い路地に入り込み、適当に逃げて行く。幸い追いかけて来る男達も、日頃の不摂生がたたってか、どれも太った輩で足取りが重い。狭い路地を幾つか抜けると、何かの仕切りらしいドアがあった。ちょうどスライド式の鍵なので、ロックする。
ドンドン!!
開けろ! ゴラァアア!
そんな事を言われて開ける奴など、いない。
タッタッタ……
とにかく現場から遠ざかる道を選んで、キャフ達は逃走した。周辺の建物や地形の関係で、ホテルの位置が確認できない。気が焦って壁にぶつかりながらも、とにかく走った。
気が付くと小さな広場に出る。もう、男共の声はしない。
「フウ,何とか撒けたかな……」
キャフと少年は、傍らにあるベンチに座った。やはり運動不足だ。息を整えないと、次の行動に移れない。こんな羽目になるとは思わず、未だ混乱している。
「大丈夫ですか?」
少年はキャフを気づかった。責任を感じているようだ。
「いやあ、わりいね。ふうっ……」
大人として虚勢をはるキャフだが、かなりしんどい。
「ありがとうございます。それより、キャフ君ですよね?」
「? 何でオレを知ってる?」
「やっぱり!」
(こんな子供の知り合い、いねえぞ?)
驚いて問いつめようとしたその時、
ヒュッ!! ダン!
キャフの頬の直ぐ側を何かが霞め、後の壁に刺さる。後ろを振り返って確認すると、闇の中で浮かび上がっているのは、薄く光るナイフであった。再び前を見るが誰もいない。
慌てて音を立てないように、少年を連れベンチを離れた。
だが敵は、その間も逃してくれないようである。
ダン! ダン!
何本ものナイフが降って来ては、近くの壁に突き刺さった。
「な、何だよ、これ!」
キャフは叫び声をあげたが、誰の声もしない。
薄明かりのおかげで辛うじて避けられるものの、徐々に速く正確になる。
キャフ達を貫くのも、時間の問題だろう。
(マジでヤベえ!!)
一番の問題は、相手の気配が感じられない事だ。攻撃対象がない。
(遠隔誘導の魔法か)
ナイフが薄く光るのは、恐らく発動者の魔素だ。
私服でラフな格好で魔法も使えないキャフは、逃げるしか無い。
しかも、傍らの少年と一緒にだ。かなりまずい。
「うわっ!!」
更に数本のナイフが二人目がけて降って来た。万事休すと思われたその時,
カン! カーン!
一瞬にして目の前が暗くなり、キャフ達の目前で、飛翔するナイフが金属に衝突して跳ね返った。よく見ると、甲冑を着た人が盾で防いでいる。
「フィカ!」
それは、フィカであった。完全フル武装だ。
更にナイフが飛んできたが、全て剣と楯で打ち払う。
「大丈夫か?」
「ああ、すまない。でも何故ここが?」
「お前、千鳥足でホテルから出て行っただろ? 夜のモドナを知らないようだし、尾いて行ったんだ。案の定、トラブルに巻き込まれたようだな」
「そうか、助かった。……うわ!!」
ゆっくり会話する暇もなく、次は無数のナイフが飛んできた。とてもじゃないが、フィカでさえ避けきれない。
(駄目だ、やられる!)
キャフもフィカも覚悟したその時、三人のいる空間が、青白い光に包まれた。
ナイフはその光に弾かれ、カランカランと地面に落ちて行く。
「な、何だ?」
キャフは少年を見た。彼も同じく青白い光をまとっている。
目付きも、人間では無いような鋭い眼光を放っていた。
ギャーー!!!
しばらくすると、遠くで醜い叫び声が聞こえた。このナイフの主だったのか、その後は飛んで来なくなる。周囲を注意深く見ながら、フィカは剣を収めた。民家が取り囲む街並みでこちらを覗き込む住民は、誰もいない。関わり合いになりたくないからだろう。
「これは一体どうした? お前、魔法使ったのか?」
「い、いやこいつが……」
と言ってキャフは改めて少年を見ると、疲れたのか寝ていた。
「とりあえず、戻ろう。恐らく今のは、『闇の住民』だ」
「『闇の住民』? なんだ、そりゃ?」
「聞いたことないのか? 裏世界の住民。非合法な取引は、何でもやる。ここモドナは、貿易都市だからな。日の目を見ない製品も、裏で多数取引されているのだ。そして『闇の住民』は、トラブル解決に呼出される何でも屋だ。それこそ暗殺なんか、お手の物さ」
「この子が狙われたのか?」
「恐らく」
(しかし、今のは何だったんだ……)
魔法杖もなく魔法を発動出来る人間は存在しない。
少なくとも、術式作動をしたそぶりは無かった。
(もしかして、モンスター?)
いずれにせよ、ただの人間では無いようだ。
キャフは少年を背負って、警戒しながらホテルへと戻った。




