第046話 モドナ
前回のあらすじ
ミリナの村の人達とも話をつけて、通魔石の開発が進められそうだ。
やっと一段落。次はモドナへ行こう!
海が近づくと、なぜ心躍るのだろう。
気付けば風に乗ってくる潮の香り。大きく揺れる防潮林のざわめき。照りつける太陽にまっ青な空と、たおやかな雲。まだ見えずとも、五感は次にくる景色を敏感に感じ取る。
そして今まさに高速馬車の道中で山間から蒼い海が視界に入った時、高揚感は最高潮になった。キラキラと反射する海面が目を刺激する。わずかな間で直ぐ山に遮断されたが、その瞬間だけで十分だった。
「海だニャ〜!! やっと来たニャ!!」
「久しぶりだな」
「楽しみです〜」
女3人で外の風景を楽しみつつ、キャーキャー騒ぎ始める。途中に立ち寄った休憩所でお菓子を買い込み、ずっと何かポリポリ食べていた。これで太らないのだから不思議な生き物である。
古の文筆家ゲルトシュタインは有名な「モドナ紀行」にて、『モドナへ行く際は、アペア街道から入るべし』と記している。文豪の言う通りアルジェオン王国に変わり旧道や高速道路があろうとも、全ての道はアペア街道へと繋がり市の中心部に導いて行く。その街並は文豪の訪れた昔と変わらぬ装いだ。
三車線の街道はモドナに近づくにつれ、道ゆく馬車も増し賑やかになる。そして辿り着いた丘の頂上からは、モドナを一望できた。
「うわ〜 家が沢山ある!」
「噂通りのきれいな街並だな。オモチャみたいだ」
「そうですね。あ、船も沢山ありますよ」
「ホントだニャ! あれは戦艦?」
「貿易船を海賊から護る、護衛艦だろう」
「海軍の港は、もう少し西側にあるはずです」
「へえー、2人とも良く知ってるニャ」
モドナは坂の街だ。アルジェオンの貿易を担う大きな港を中心に、すり鉢状に街が広がっている。家の屋根や壁の色はカラフルで、エメラルドグリーンの海と共に鮮やかな色彩が目に眩しい。この風景は古来から芸術家を刺激し、モドナを描いた絵は沢山あるため、誰でも見知った風景があちこちにある。
馬車はゆっくりと坂を下り、中央ステーションへと向かう。馬車から見えるモドナの人達は、誰もが屈託なく笑っている。総てを受け入れるこの開放的な気風に触れると、自然と笑顔になるようだ。
「いや〜 やっぱ良いな」
「来て良かったニャ!」
「ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
御者が丁寧に挨拶すると馬車は停車場に到着し、みな降りる。
キャフ達はあても無く来たので、とりあえず泊まれそうなホテルを探そうと浜辺に向けて歩くことにした。アルジェオン第二の都市だけあってどの道も石畳がすきま無く敷き詰められ、整備がいきとどいている。ただ路地はどれも狭く、馬車の通れる道は限られていた。幸い気候はやや暑いぐらいで過ごしやすい。
観光客である4人は、辺りをキョロキョロ見ながらゆっくり歩いた。
荷物袋が重くて邪魔だから、早くホテルを見つけた方が良さそうだ。
「あ、師匠! 『ぴちぴちビーチ! パラダイス! ジェットコースターより怖いオレンジ畑』ってあるニャんよ! 面白そうニャよ!」
ラドルが目ざとく見つける。
「やめとけ」
桂小◯ぐらいしか、そんなとこ行かない。
散策を続けると、ビーチに直結した白く綺麗なホテルがあったので、それにした。
『モドナ・マリンホテル』という名前である。
中に入りフロントに尋ねると、部屋は大丈夫なようだ。
「どうする? お前らは個室三つにするか?」
「いやどうせなら、スイートにして3人で泊まった方が広いぞ。2人はどうだ?」
「私は大丈夫です」
「分かったニャ」
「じゃあ、そうしてやる」
キャフの一部屋と、三人部屋を予約する。
「滞在は何時までになりますか?」
「とりあえず前払いをするから、二週間程度はいる。その後は相談したい」
そう言って、三百ガルテを渡した。日本円にして、三十万ほどの価値だ。
「畏まりました。ご案内致します」
案内されたのは、市内を見渡せる眺望が良好な部屋であった。海に加え、その先にはモンスター生息域がもやがかって見えた。3人が角部屋で、キャフがその隣だ。壁の向こうからキャッキャとはしゃぐ声が聞こえる。
(あ、そうだ)
キャフは、ギムにお願い事があるのを忘れていた。王都イデュワにある自宅の掃除だ。この調子ではかなりを留守にする。あいつに頼めば手配してもらえるだろう。キャフは手紙をしたためると、室内にある伝声管でボーイを呼出し、郵送をお願いした。
ドンドンドン!
暫くして、ノックがあった。入り口の扉を開けると、もう水着姿に変身したラドルがいた。ピンクのビキニでいかにもギャル風だが、浮き袋持参は愛嬌か。
少しして向こうの部屋が開き、後の2人も着替え終わって出て来た。ミリナはフリルのついた水色ワンピース姿、フィカは大人びたクロスデザインのビキニを身につけている。ミリナの方がラドルより大人びて見えるのは、仕方ないだろう。
「師匠、私達はもう行くニャ! 後で来るニャ!」
「ああ、分かった」
そう言うと3人は走り去るように、下り階段を早足で行った。
(やれやれ)
まだ昼過ぎであるし、どうせだから砂浜で休むのも良いか。
キャフも着替えてパーカーとサングラスをかけると、砂浜へ向かった。