第043話 通魔石の洞窟
前回のあらすじ
抜け駆けして、ミリナと夜のお散歩。
「改めてですが、ダンジョンのときは命を助けていただきありがとうございました」
「あ、ああ」
「あの時キャフ師がいなければ、私達は死んでいました。傷跡も無くきれいに再生できて、本当に感謝しています」
そう言えば、そんな事もあった。ミリナにとって礼を言う機会を逸していたのが、気になっていたようだ。温泉で見た限り傷もさっぱり消えていたし、回復魔法とその後の処置が良かったのだろう。
「それに先ほどは、魔法が使えないとか言ってしまいすみませんでした。親達も何だか誤解したようで……キャフ師はあれだけの本を書ける人なのに……」
「まあ、いいさ。気にすんな」
「本当にすみません……」
自分が言った言葉の影響が大きくて、恐縮していたらしい。事実だから仕方ない。だがミリナにとって、両親の反応は予想外だったようだ。
「わたしの魔法、どうですか?」
「そうだな、才能はある。磨けばオレ以上にもなれるんじゃないか?」
「そうですかね? 正直、自信が無いんです。両親からも、卒業したらどうするんだと事あるごとに聞かれるだけで……」
「お前は、魔法使いになりたいのか?」
「100%なりたいとは言えません。キャフ師のようなお方でも魔法の使用停止処分になるなんて、正直驚きました。想像以上に厳しい世界ですね」
「大人の世界は、事情が色々あるからな」
「自分がそんな世界でやっていけるのか、やっぱり自信が無いです。それよりこの村には医者がいないので、回復魔法と併せて医療技術を学んでこいとは言われているのです。でも……」
やはりミリナは悩んでいるようだ。
相談できる相手が周りにもいなかったのだろう。
「魔法は好きか?」
「はい! 術式を学んで改良したり、魔法石の組み合わせを試すと色んな魔法が出来るから、とっても楽しいです! 新しい魔法も作ってみたいです!」
「そうか。その気持ちが大切だ。好きでやるのが一番だからな」
「そうですね…… でも生活するとなると、簡単ではないですよね……」
ミリナは悩み始めたのか、無言になった。しばらくすると立ち止まり、キャフに相対する。月明かりでも、ミリナの真剣な面持ちは十分に見えた。
「や、やっぱり弟子にしてもらうのは、駄目ですか?」
思い詰めた声で、ミリナはキャフに尋ねた。何度も熟考したのだろう。
どうせ断られるのだろうと思っているのか、ミリナは俯いたままだ。予想した事とはいえ、キャフも返事には勇気が要った。
「そうだな…… 絶対駄目では無いが……」
「本当ですか?」
キャフの返事を聞いて顔をあげたミリナは、笑顔だった。安請け合いは危険だが、彼女に強い希望があるなら叶えてあげたいとも思う。断じてやましい気持ちでは無い。断じて。
少し足取りも軽くなり、ミリナは先に進む。
「通魔石は、この川が分かれた支流の先にあるんです。少し険しいですが、気をつけて下さい」
先の体調不良を、気にしてくれたのだろう。
因みにその原因がミリナにあると、本人は知らないようだ。
川をさかのぼって行くと、反対側に支流が一つあった。丁度岩が幾つか転がっているので、つたって向こう岸に渡る。そのまま支流に沿って進むと川は細くなり、崖になる。そこを登り切った先にある川は、洞窟の中へと消えていた。どうもここから地下を流れているらしい。
周辺に民家も無く、人の気配がしない。獣達が藪の中をザザッと動く音や、フクロウの鳴き声、カエルの声が川辺で反響する。
「この中です」
ミリナと一緒に中に入ると、川の流れは奥まで続いていた。
少し岸辺を歩くと、大きな空洞に出る。
ちょうど川に反射した月光を受けて、壁が一面に青く輝いている。
通魔石だ。
その結晶は大小様々で、反射光が柔らかく周期的に強弱をつけている。
キャフはその輝きにしばらく見とれていた。壮観であった。
「すげえな……」
「むかし、偶々夜に来た時これを見たんです。意外と簡単に剥がれるんですよ」
そう言うと、ミリナは手短な通魔石を割って、手に取った。手のひらより少し大きい位のその石は、ミリナの魔素を吸い込んでいるのかやや青紫に変化する。
「キャフ師もどうぞ」
ミリナが言うので、キャフも近くにある通魔石を取ってみる。キャフの魔素が濃いのか、更に赤みがかっていた。そして石同士、共振している。
『聞こえますか?』
声に出さずに、ミリナが喋る。彼女の思念が、通魔石を介して伝わっている。
『ああ』
『これは、誰にでも出来るのか?』
『どうでしょう? シドム君達には出来ましたが。ある程度魔素をもっていたら受け取れるようです』
『村の人達は知っているのか?』
『いえ、良く分かりません。話したことは無いので。実は村の人達、魔法にあまり興味が無いんです』
工作系を得意とする分、魔法への興味が無いらしい。
『これは、どこまで届く?』
『人によるみたいです。アーネは数キロでも大丈夫でしたが、シドム君達は数百メートルぐらいですね。多分、魔素の量次第かと』
『この石は、どれくらいある?』
『分からないです。少なくともこの穴しか見つけてません。奥に行ってみます?』
ミリナの提案で、奥に行ってみる。ラドルの魔法杖で明かりを灯し、視界を確保する。通魔石も握っているから、はぐれても問題は無いだろう。
川は洞窟の中を流れている。先に進むと一度狭くなった。だが先に続いているようだ。
『多分、ここからは村の人も入ってないんだと思います。わたしも初めてです』
何とか体をよじらせながら奥に進むと、そこはさっきよりも大きな空間になっていた。月明かりも入らないので、明かりをもう少し大きくする。
『……凄いですね!』
『さっきの所より大きいのもあるぞ』
そこにも通魔石の結晶がふんだんにあった。
2人とも探索をここまでとし、家路に着く。
「ありがとう」
「どういたしまして。キャフ師が満足出来たなら、何よりです。それで、弟子入りの件ですけど……」
「ああ、明日家の人にも言ってみよう」
「ありがとうございます! ではお休みなさい」
そう言うとミリナは、自分の部屋へと戻って行った。




