第042話 夜のフミ村
前回のあらすじ
おっさん、風呂でのぼせる。
キャフが少々やつれ気味な以外は、夕食は賑やかで楽しかった。
弟も両親も気さくで人柄も良く、会話も弾む。急な来訪にも関わらず、ぼたん鍋のご馳走を出してくれた。猪肉は下処理がしっかりしてあり臭みもない。
聞くと村人達は工作が得意で、大抵の家族は家や調度品の大半を作れるそうだ。村の外れには高炉もあって製鉄もしているらしい。予想以上に文明度が高い。
交流を閉ざしているのは、昔の名残が大きいと言う。以前は獣人と人間が住む村というだけで人間達の襲撃があった。だから皆が穏やかに過ごせるように、極力避けているのが実情らしい。
「今領主をしているギム様は、話が分かる人なのでそんな事無いですけどね」
「まあ、そうだろう」
確かに王都のような大都市でなければ、獣人が大手を振って歩ける場所は稀だ。ラドルも、王都郊外にある小さい街の出身だ。キャフの弟子には他にも数人いたが、獣人を採らない魔導師もいた。表立っては非難されないが、そういう人間もいるという事だ。
「ミリナは学校でどうですか? 魔法科なんかに行って危ない目にあってませんか?」
「あ、いえ大丈夫ですニャ」
さすがに、冒険で受けた瀕死の重傷の件は言わないでおく。ミリナの小さい頃は、とても大人しく本が好きだったらしい。今のイメージにぴったりだ。暇あれば読書をしていて、村の蔵書を全読破したそうだ。特に一番のお気に入りは、例のキャフが書いた本であった。
「あれを書いたのが、このキャフ師なんだよ!」
「あら、まあ」
「そうでしたか」
とたんにミリナの両親が、尊敬の眼差しに変わる。
そう、これが魔導師キャフ本来の姿だ。覗き見して甲冑で顔を殴られたり、酔っ払ったすきにフィカに何かされたり、今日みたいにお風呂でミリナを見てのぼせるのは、仮初めの姿である。
魔導師になれるのも、そんなに居る訳じゃない。
少数のエリートだ。
キャフは背もたれに少しふんぞり返り、えらそうにした。
「いやあ、それほどでも」
と言いつつ、キャフは少しにやける。褒められて悪い気はしない。
「ではミリナに、魔法の手ほどきをされているのですか?」
「ううん、今はキャフ師、魔法を使えないの」
「はあ」
すると両親は、直ぐに疑惑の眼差しへと変わった。
可愛い娘に変な男がついてきたら、誰だって警戒する。それが自分達と齢が近いおっさんなら尚更だ。魔法の使えない魔導師など使い道が無い。
気まずくなって背中を丸めるキャフであった。
「まあ、私達も色々助けてもらったからな、こう見えて使える男なんだぞ」
珍しくフィカが、場を取りなす。使えるの意味が良く分からない。正真正銘心からのフォローなのか単なる遊び道具なのか意図は不明だが、フィカの心は読めないから気にしないでおく。
キャフの立場は微妙だったが、和やかに進む夕食は時間が経つのも早い。
弟が眠そうに、ウトウトし始める。
「あら、もうこんな時間」
「じゃあ、そろそろ終わりますかね」
「はーい」
「ああ、今日はありがとうございました」
お開きとなり、各々部屋に戻った。ミリナはチラッとこちらを見たようにも思うが、気のせいかも知れない。とりあえず部屋に戻り念のため魔導服に着替えて、ベッドの上で横になるキャフであった。
のぼせて疲れてはいるが、まだ目は冴えている。
(ホントに来んのかな?)
まるでデート前の彼女を待つような気分で、多少ドキドキする。昼間のこともあり、眠ろうと思っても寝付けなかった。
じっと待っていると鮮明にさっきのミリナの姿を思い出し、掻き消そうにも消えなくなる。幸か不幸か、キャフの記憶力は良い方だ。
いつ来るのかと焦れったくなったその時、
コン、コン、コン
とノックが小さく三回あった。
急いでベッドから下りて扉をそっと開けると、そこには魔導服を着て魔法杖を携えたミリナが居た。すこし思い詰めた顔をしている。
「遅くなってすいません。2人が寝たのを確認しまして」
小さな声で言う。
「お疲れさん」
「じゃあ、音をなるべく立てないようにお願いします」
そう言われ、ギシギシなる階段を慎重に下りる。幸い誰も気付いていない。玄関をそっと開けて外に出ると、青白い月光が一面を照らしていた。コオロギや鈴虫が歌っている。蛙もゲコゲコ鳴いていて、透明な喧噪の夜だ。
「こっちです」
ミリナはそう言うと、歩き始めた。キャフも彼女に続く。




