第040話 ミリナの家
前回のあらすじ
予想はしていたけれど、ミリナの村は結構遠い。
「沼の色、本当に違うんだな」
「そうですニャ」
「確かに」
キャフの言う通りまず目についたのは、少し先にある青や深いエメラルド、赤褐色などの鮮やかな色で水面を彩られた複数の沼だった。遠くから見ると宝石が散らばっているようだ。
「はい、私達は”七色沼”と呼んでいます。むかし噴火で溶岩が流出した時、せき止められて沼がいっぱい出来たんですが、そのとき沈殿した金属類や育った植物がそれぞれ違って、こんな色になったそうです」
「村は未だ見えないが?」
「ここからは見えません。崖を下りて、しばらく森の中を通ってからです」
「こ、この崖下りるニャんか?」
今から始まる滑降を予想して、ラドルは泣きそうな顔だ。今まで乗って来て、酷い乗り物酔いになったみたいである。これほど激しいアップダウンの乗り物はキャフも久しぶりで胃が逆流しかけて気持ち悪いものの、辛うじて耐えていた。一方でフィカやミリナは平然としている。
「これくらいの崖、騎兵隊の訓練では朝飯前だぞ」
「そんな訓練,必要ないニャ!!」
ラドルの意向は空しく無視され、四匹の狼は傾斜角度が70度ぐらいありそうな急な断崖を勢い良く駆け下りて行った。風圧で髪の毛が逆立つ。狼達の勢いに気圧され、周囲の木に止まっていた鳥達がバタバタと飛んで行った。
フニャニャァア〜!!
ラドルの情けない叫び声が辺りに響く。狼達には馴れた道なのだろう、無駄な動きが無い。そして下り切ると、木々の間を疾走した。キャフもヒヤリと思うほど木に接触しかけるものの、スピードを一分も落とさず巧みに避けて走り抜けて行く。幾つか沼の縁を走るが、近くで見ても澄んだ色で幻想的な光景だ。人の手はあまり入ってないらしい。
「ここです」
やっと止まり、ミリナが言う場所には竹林に囲まれた門があった。
周囲は塀代わりに、木々が密度濃く立ち並んでいる。門の上部には弓を構える上半身の女性の像が飾られており、固く閉ざされていた。ちなみにラドルは意識を失いかけてぐったりだ。
キャフは守衛か誰かを呼ぶのかと思ったが、ターニャと呼ばれた女性とミリナの乗る狼が門の近くまで行き、ターニャが何やら操作すると、門がギイーッと開いた。走る必要も無くなった狼達は、悠然と歩いて中へと進んだ。
「あの像は、何か意味があるのか?」
キャフが、ミリナに聞く。
「からくり人形です。よそ者が門を触ると、毒矢が沢山降ってきます」
平然と答えるミリナであったが、それほど頑なに閉鎖している村らしい。
ただ中に入るとおどろおどろしい雰囲気は一切無く、ごく普通の村だった。家は点在し、畑仕事に精を出す人もいる。四匹の狼とミリナを見て、遠くから「お帰り!」と親しげに声をかける人もいた。
どの人もミリナ達と似た衣装を着ている。人間より獣人の割合が多いようで、ライオンだったり虎だったり鶏だったりと、色んな動物から由来する獣人達が働いている。所々にある工房らしき家では、なにやら大きな機械が動く音がした。
「フミ村は、アルジェオンやクムールが出来る前からあった村なんです」
「へえー、そんな昔からニャのか〜」
「はい。からくり細工や宝飾品などを売って生計を立てていますが、ほぼ自給自足の生活です。わたしの家は、こちらです。みんな、ありがとう」
そこには、こじんまりとした二階建ての一軒家があった。屋根は茅葺きだ。ミリナが狼から下りると、他の3人も下りた。すると4人と四匹の狼はそれぞれの家へと帰って行った。
「ただいま〜」
「お帰り」
「お帰り、ミリナ」
「お姉ちゃんお帰り!」
両親と弟の4人家族のようだ。お父さんと弟は犬耳で、ラドルみたいに獣の血は薄いが獣人だった。それに対しお母さんは、ミリナに良く似た人間である。
「急に帰ってきてゴメンね」
「良いのよ、ここはあなたの家なんだから」
「でも一体どうしたんだい?」
「キャフ師、て偉い魔導師さまなんだけど、この方が村に来たいって」
「はじめまして」
「ああ、そうですか。ようこそ、フミ村へ」
「急な訪問ですいません。この辺りは初めて知ったのですが、興味が湧いたもので」
「何もない村ですが、ゆっくりしてください」
「お姉ちゃん! 勉強教えてよ!」
「分かった分かった,後でね」
「さあさ、それより中へ」
「ああ、すまない」
家族仲は良いようだ。玄関で靴を脱ぎ、応接間らしき部屋に通される。ソファーが幾つかあり、長い方に3人が腰掛けて小さい方にミリナと両親が座った。ラドルはやっと休めると、完全にもたれかかっている。
「冷たい飲み物でもどうぞ」
「ありがとうございます」「どうもですニャ」「すみません」
地下室でもあるのか、オレンジ系の果物を搾って作られたジュースには氷も入っていて冷たく美味しかった。4人とも、旅の疲れを癒す為にあっという間に飲み干す。
「狼に揺られての長旅はお疲れだったでしょうから、温泉でもどうですか?」
ミリナのお母さんが、皆に提案した。
「温泉あるニャんか?」
「ちょうど良いな。私も少し体を洗いたい」
「時間も早いから、ちょうど良いですね、じゃあ行きますか」
と言う訳で、温泉に行くこととなる。
幸い二階には家族の部屋に加えて余分な部屋が二つあった。狭いが手入れの行き届いた部屋に通される。キャフは魔導服からラフな私服に着替え、風呂場に行く為のタオルや替えの下着を用意して階段を下りた。
程なく3人も、私服姿でやってくる。ラドルは相変わらずのギャル風なミニスカートにTシャツだが、フィカは女性らしからぬジャージ姿だった。服装に気を使わない性格らしい。ミリナの私服は珍しいが、清楚でシンプルなワンピースである。
「相変わらず、ダサいな」
「気にすんな」
フィカにすら、服のセンスの無さを指摘されるキャフだった。お前もだろ、と内心思ったが反論はしない。下手にフィカの格好をからかったら、夜に何をされるか分かったもんじゃない。
ミリナの案内で連れて行かれた温泉は、村から少し外れた川のほとりにあった。川近くから湧き出る温泉を岩で囲い、川の水を引いて混ぜている。硫黄の匂いもあまりせず、熱さも良さそうだ。
だが来て分かったが、大きな問題が一つあった。
「これ、男湯と女湯に分かれてないのか?」
今度はフィカの顔が引きつる。
「え? 混浴ですよ? 村の皆といつも一緒です」
ミリナは、何を言ってるのかと言わんばかりの顔だった。
脱衣所まで来たが、確かに置き場が男女別なだけで中は繋がっている。
キャフは心の中でウキウキしつつ、服を脱ぎタオルで股間を隠しながら、中へと入る。既にミリナが、素っ裸で体を洗っていた。この村では当たり前だから何とも思ってないらしい。幸か不幸か、今の時間は村の人がいなかった。
「あ、キャフ師ですか」
「ああ」
髪を洗っているので、直接は見えないらしい。この位置取りでは背中しか見えないが、インドア派らしく日焼けしていない白くきめ細やかな肌が綺麗だ。子供と思っていたが、チラチラ見えるおっぱいは予想外に大きい。
さりげなく移動して、前から見たい誘惑にかられる。今なら目をつむっているし、バレないかも知れない。だが気配で不審がられると後々まずいので、離れて体を洗う。キャフは小心者であった。
「あ、師匠がもういる」
「こっち来るなよ」
後ろから、2人の声がする。
キャフも髪を洗い始めたので、2人がどこにいるのか良く分からない。
あの時を思い出す。今日は至近距離だし合法なのだから、見ても罰は当たるまい。いや、絶対にじっくり見てやる。そもそも、何でこんなに気を使わなきゃいけねえんだ、オレを何だと思ってる、見ても減るもんじゃあるまいし、とキャフはだんだん股間と頭が熱くなるのを感じた。
不自然なくらいに早く髪を洗い終え、キャフは意を決して2人の声がする方を見た。




