第036話 疑問
前回のあらすじ
誤解がとけたら、ギムは良いおっさんだった。
「お前、クムール帝国をどれだけ知ってるか?」
ギムが尋ねた。
「いや、教科書レベルの知識しか知らん」
「俺もだ」
今は小さく貧しいが、クムール帝国の歴史はアルジェオン王国より古い。
そもそもアルジェオン王国自体、建国以前はクムール帝国領であった。
だが元はウルノ山脈の一部でしかなかったモンスター生息域が広がるにつれ、領土が断絶した形となり、現王族の興隆もあってアルジェオン王国が独立した。独立戦争の経緯から仲良くするなど望めず、交流は断絶に近い。
アルジェオン王国は南北が海、東がクムール帝国と接している。だから直接交流があるのは西南にあるサミュダ共和国ぐらいだ。ちなみにクムール帝国は半島であり、東端は激しい潮流の外洋である。モンスター生息域の広がりと共に陸の孤島と化した地形が、クムール帝国を特異な国にさせたとも言える。
政治形態として皇帝制度をとるが、代々の血縁はない。今の皇帝ラインリッヒ三世になって、情報統制され反体制派がことごとく粛正される独裁国家と変貌した、とも聞く。
何れも新聞の記事にあるような、誰でも知っている話だ。
世界魔法総会でもクムール人がいたが、いつも会場の隅で大人しく座るだけで、滅多に発言しない印象であった。発表する魔法レベルは中くらいであり、最先端をゆくアルジェオン王国の足元にも及ばない。
「ただオークの村を見る限り、魔法はともかく文明度は同じかも知れん」
キャフの意見に返事もせず、ギムはまだ考え事をしている風だった。
「どうなると思う?」
思案しても名案が思い浮かばないのか、ギムは聞いた。
「さあな、分からんよ」
「お前、王家には連絡したのか?」
「いや、手立てが無かったからな。なんなら、あんたから連絡してくれ」
フィカに任せようかと思ったが、捜索隊が解散したいま、それは無理だ。面倒事に巻き込まれたくはないが、国難の可能性がある事案を無視する訳にもいかない。
「分かった。モンスター同士では、何か動きがあったか?」
「どうだろう? ゴブリンとオークは相変わらず仲が悪い。そう言えば、魔法使いに村を殲滅されたオーガにも会ったな。既にモンスター化したクムールの魔法使いがやったとすると、かなりの手練だ。いずれにせよ、あいつらは硬軟織り交ぜてモンスター達の生活に入り込んでいる」
「エルフ達は?」
「いや、そこまで奥地には行ってねえよ」
モンスターで知能がありまともな交渉が出来る種族は、エルフぐらいしかいない。もっとも、キャフやギムは昔モンスター生息域で暴れまくったので、モンスター達には敵視されるだろう。
「そうだな……」
ギムは黙って酒を飲んだ。キャフも付き合う。ギムは酒豪だから、これくらいの量は何でも無いはずだ。しかしキャフの話した内容の重大さを理解しているせいか、心ここにあらずのようだった。
「そういや、サムエルやシェスカは今どうしてる?」
キャフは話題を変えようとしたが、思惑と反対にギムの顔は一層曇る。
「……知らないのか? サムは死んだ」
「死んだ?」
あの勇者が既にこの世にいないとは知らず、キャフは驚いた。ギムの表情が更に暗くなった理由も分かる。あのパーティーは最高だった。誰1人欠けても、あのミッションをクリアするのは不可能だったろう。それが再結成できない事実を知り、キャフは寂しくなった。
「ああ。もう五年前かな。原因は不明だ」
「どこで?」
「モドナだ」
「そうなのか。行こうと思ってんだけど、あそこ、ヤバいのか?」
「いや、港町だからな。どっちにしても油断はするな」
「シェスカは?」
「あのおばちゃんは裏世界の人間だからな。今は分からん」
「そうなのか」
シェスカに関しそう思える節はあったので、意外とは感じなかった。
「しかし、そうなるとまずモンスターの侵食を止めるのが先決だな。この事実を知れば、おそらく王立軍が旧道沿いに展開する。だがモンスター討伐を目的とする第七師団は、冒険者くずれの無能ばかりだ」
「相変わらず、そうなのか」
「ああ。単なる魔法石稼ぎと、モンスター生息域の管理料とかで商売している、クズ共ばっかりさ。あいつら、本気のモンスターを相手にした経験すらねえ。もっともこの国は、ずっと平和で戦争らしい戦争をしてこなかったからな。だから俺たち成功した冒険者をやっかむのさ」
「まあ、そうかもな」
戦争とは物騒な話だが、クムール帝国との境界線が定まらない状況では、どちらからも宣戦布告できるのは事実だ。お互いその気になれば幾らでも口実は与えられる。
ただそれよりも、現実は増殖中のモンスターをどうするかだろう。軍は英雄を好まず、一匹のモンスターに5人ほどで対処するのが常だ。だから今のモンスター生息域にいるモンスターを旧道より向こうに押しとどめるには、かなりの兵力が要る。
それに対してモンスターを1人で退治できるキャフやギム達のような上級冒険者は、貴重であると同時に嫉妬の対象になりやすい。だから軍には居なかった、と言うよりも、入らせてもらえなかった。
「それより……」
ギムは大きく息をすいこみ、一言一句確かめるように呟いた。
「オレ達は何故、アースドラゴンを倒さねばならなかったのだ?」