第035話 再会
前回のあらすじ
シドム達、楽しそうだな。
て、呼び出しくらった! あのオヤジから!
塔の頂だけあって、部屋はこじんまりとしている。仄かなロウソクの灯りに加えて窓から入り込む蒼い月光が、室内を幻想的な趣にさせていた。月光が反射した床は水面のようだ。
中には小さなテーブルと椅子二つしかなく、給仕は「ではこれにて」と帰って行く。
後に残された二人にはまだ深い溝とわだかまりがあり、気まずい。
ギムと思わしき男は、相変わらず胡散臭そうな目でキャフを見る。
その男はキャフより一回り大きく、それが一層この部屋の狭さを際立たせた。
「座れ」
「ああ」
キャフはおもむろに座った。ギシギシと音がする。
「せがれから聞いたが、お前がキャフを名乗る者か?」
険しい眼付きで、ギムらしき男は詰問した。
「ああ」
「ワシを知っておるか?」
「ギムだろ、一緒に闘ってたじゃねえか」
昔と同じ口調で親しげにしゃべるキャフであったが、相手は警戒するだけで一向に話しぶりは変わらない。キャフは齢を取らないと良く言われるぐらい、見かけは若い頃と変わっていない。だから気付いても不思議ではないはずだ。だが齢をとって護るものが多いと、自然に防御するのかもしれない。
「今まで幾多の者がワシに取り入ろうと、そうやって偽名を使って来たのだ」
「そんなの知らねえよ。少なくともオレは違う。本人だ」
「偽者は、いつもそう言う」
ギムは腰から刀を抜いた。月光を受けて妖しく光る。反撃しようにも、魔法を使えないキャフにその手立ては無い。大人しくじっとするしかなかった。
「他のメンバーの名は?」
「勇者サムエルに、盗賊のシェスカ」
疑われぬよう、間髪入れずに答えるよう意識する。
「ワシの使っていた武器は?」
「最後は、闘撃神の棍棒だったな」
「お前の得意な技は?」
「超電撃」
「サムの好物は?」
「シュークリーム」
「アースドラゴン最後の言葉は?」
「『我死せば、その後混沌が訪れん。後悔するが良い』」
全てに淀みなく答えると、ギムはいささか驚き、思案していた。
「本当に……お前……キャフなのか?」
「だから、最初っからそうだって、言ってんだろ」
「だがイデュワで魔導師をしているはず……」
「追い出されたんだよ、訳あってな」
突然ギムは刀をおろすと、満面の笑みを浮かべてキャフの肩を叩いた。
疑念が氷解したように、この部屋の空気も一気に和む。
「いや〜 ホントにキャフ、お前か! 久しぶりだな!!」
「本気で殺されるかと思ったぞ」
やっと信用されたらしい。
キャフが憎まれ口をたたいても、ギムは怒りもしない。
「いや、ホント申し訳ない。オレも色々あってな、そう簡単に他所もんを信じられんのだ」
「確かにな。その辺の事情は分かる」
「よし、今日は積もる話もあるから飲もう!」
ギムは扉を開け待機していた兵士に命じ、酒とつまみを持って来させた。
「一目見て変わってないと思ったんだけどな。やはり、他人のそら似もあるからな」
「あんたは変わったな」
「言うなよ! これでも気にしてるんだ。だが力は負けねえぞ」
「ああ、オレに力仕事は無理だ。しかしえらく出世したじゃねえか」
「そうか? 先代の王から領地を貰ったときは、この辺り一帯殆ど何もなかったんだ。専門家を積極的に雇って、農作物の収穫を五倍にしたよ。皆のアイディアを元に特産品を作ったら、これも大ヒットよ。酒は飲んだか?」
「ああ、美味かったな。あんた立派だよ」
「ほら、見てくれ。今ではこんなに大きな街になった」
そう言ってギムは立ち上がり、窓辺に近づいた。キャフも立上がって外を展望する。そこには夜ながら街灯で明るい街並が宝石のように輝いていた。
冒険者時代の頃も、ギムは皆の間を取り持ち気遣いする奴だった。キャフも一番年下で跳ねっ返りだったが、嫌な顔一つせず無く接してくれた。やはり、人をまとめる力があったのだろう。
再び、席につく。
「で、イデュワを離れたのは分かったが、何でまたモンスター生息域に居たんだ?」
「道中、ゴブリンに襲われたんだ。それで森で迷ってオークの村に厄介になったりと、放浪してたのさ」
「そうかそうか。どうだった? 久しぶりの冒険は?」
「いや、昔とえらく変わってた。それより、かなりヤバそうな案件がある」
「なんだ?」
「隣のクムール帝国が、モンスター生息域で勢力拡大をしている。河を渡ってきてるぜ」
とたんに、ギムの顔付がさっと変わった。
「本当か?」
「ああ。オークの村とも取引していて、かなり豪勢な生活をしていた。それにあんたのせがれと一緒に行ったダンジョンも、恐らくクムール帝国の関係者が作ったものだ」
「……」
ギムは沈黙し、暫く考え事をしている風だった。




