第031話 最後の宴
前回のあらすじ
魔法使いも逃げて皆も生き返ったし、さあ帰ろう!
生息域の草原をぬけ、一行は旧道を目指し旅を続けた。
思ったより遠く一泊することになる。食事はさっき狩ったばかりの人食いウサギだ。
夕食の仕度も、女性達で手際良く進む。男共もしろと思うだろうが、このメンバーでは女性陣が料理上手なので許してやって欲しい。
その代わり夕食前の時間に、キャフは2人の魔法杖を応急処置することにした。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、術式回路の一部が焼き切れただけだ。代用回路を持っている」
「ありがとうございます!」
「師匠、そんなのも持って来たニャんか?」
「旅に出る時、身を護れるのはお前の魔法ステッキだけだからな。いざという時の為さ」
「ありがとニャ♡」
無事に修理も完了し、夕食となる。
最後の晩餐を見込んでか、酒が沢山あった。
「どうせ明日は家に帰れるからさ、今のうちに全部飲もうぜ!」
「いいね〜!」
「ほら、おっさんもグイッといこうぜ! グイッと!!」
勧められて断るのも野暮に思い、口を付ける。結構飲みやすい。こう言うお酒は危険だ。危険だが、止まらない。分かっていても止められなかった。
「ミリナちゃんも、飲んで飲んで! 気持ちよくなるよ〜」
「え、そ、そうですか……」
悪い同級生達にそそのかされる優等生のように、ミリナは困った顔をする。断りきれないのは、少し興味があったからか。しばらくすると意を決したように、お酒を少し飲む。すると、ミリナは思いのほか感激した顔になった。
「美味しい〜」
「そうでしょ、でしょ! もっと飲もうよ!!」
「は、はい」
どんどん酒が進む。
酒は呑んでも呑まれるな。古今東西どこにでもある真理だ。
だが、人は弱い生き物である。言うはた易く、行うは難い。
そしでここでも、既視感を覚える光景が展開された。
「だからキャフ師ぃ、彼女いるんですかぁ?」
「い、いや」
またミリナがキャフの側までよってきて、話しかけて来た。お酒が香る息と潤んだ目が、いっそう魅力的にさせる。こんなに至近距離にいると大人の立場を忘れかけそうになるキャフだが、かろうじて未だ理性の方が勝っていた。
「じゃあ好みのタイプは?」
「そう言われてもな……」
「猫は好きかニャ?」
「まあ、嫌いじゃないが……」
挑発的なラドルの言葉に、ミリナは表情を一変させた。
「なに煮え切らねえだんよ! だからモテねえんだよぉお! おめー童貞か?」
「い、いや……」
「え、じゃあ素人童貞?」
「……」
「だからさ、ミリナ様を弟子にしろって! 悪いようにはしねえからよ!!」
口調が変わったが、喋ってるのはミリナ本人だ。
その豹変ぶりに、キャフもビックリする。
「だから、オレは弟子をとれな……」
「ゴチャゴチャ言うなぁあ! 付き合えって言ってんだよぉお!」
「ミリナ、もうお酒は止めるニャ!」
「てめえ、にゃーにゃーうるせえ!!」
酒乱のミリナは魔法杖を取ると、すぐさまラドルに《雷撃》を放った。シールド魔法を持たないラドルは、慌てて飛び跳ねる。さっきまでラドルの居たシートが真っ黒焦げだ。これはヤバい。
「あ〜 俺のシートに穴が……」
慌てているキンタをよそに、他の面子は逆に盛り上がっていた。
「ミリナちゃん、やるう〜♡」
「がんばれ〜!!」
焚き付けられて、更に攻撃モードになるミリナ。応戦するラドルだがレベルの差は埋められず、逃げるしかなかった。
「ふニャ〜 怖いニャ〜」
逃げ惑うラドルを、追いかけるミリナ。先輩の面目形無しである。だがミリナは全くの千鳥足で、《雷撃》の照準も定まらない。しかし回復や防御系に加えてこんな魔法もできるとは、かなり優秀だ。
「まぁあ〜てぇえ〜〜」
ドスン!
酔っ払いが走るとこうなるの典型で、何かに躓き転んだらしい。幸いアスファルトでは無いから大した怪我にはならないが、ミリナはそのままグースカ寝てしまった。フィカが呆れたようにミリナを抱きかかえ、テントの中へ連れて行く。
「ミリナちゃんも、ストレス溜まってんだね〜」
アーネが、珍しくしみじみ言った。小馬鹿にしている様子でもない。
「おっさん、弟子とってあげるの本当に駄目なの?」
何時になく真剣な面持ちで、シドムが尋ねる。
「ミリナ、将来が不安なんだよ。成績良いけど、何を選べば良いか分からないって」
「そうそう、魔法使いになっても後が大変だから、やりたくなさそうだったし」
「それでおっさんに弟子入りしたいって言うんだからさ、かなりの決心なんだ。俺からも頼むよ」
事情を聞かされ、戸惑うキャフであった。
弟子にできない訳では無いが、彼女の将来を思うと躊躇する。
確かに、キャフはアースドラゴン討伐で名声を得た。だがそのような形で出世できない魔法使いは、ずっと下働きになるから苦労する。志半ばで魔法使いを諦めたキャフの知り合いも、大勢知っていた。
ただ他に良い魔導師も紹介出来ないし、彼女にあう進路が思い浮かばなかった。
「分かんねえな……」
キャフも酔いが回ってきて、思考出来ない。
気がついたら寝てしまった。
翌朝、みな二日酔いになりながらも出発する。
足元も覚束ないから、行軍はゆっくりだ。
草原を抜けると、旧道に出るため再び森林地帯に入る。ここはもう旧道に近い為か、遭遇するモンスターは少数の狼やゴブリンやスライムなどの低ランクしかいない。ミリナもしんどそうだが彼らに任せてドンドン倒し、キャフの出番は無かった。
「やっと来た!!」
旧道が見えたとき、シドムが感極まって叫んだ。今までの旅路を思い出したのか、アーネやキンタ達も目が潤んでいる。やはり死にかけた経験は、堪え難かったのだろう。
特に問題もなく旧道に上がる。だがキャフ達がゴブリンに襲われた後のように、行交う馬車は1つもなかった。人影すら無い。
「やはり、あの後から旧道は閉鎖中なのか……」
フィカが独り言のように言う。
「そうかもな」
「とりあえず、道の駅まで行こうぜ!」
シドムの案内で、更に二時間ほどかけて件の道の駅に着いた。
道の駅とは旧道などの幹線道路に置かれた施設で、冒険者ギルドや捜索隊支部がある。
「じゃあ、俺たちはこっちだから!」
そう言ってシドム達4人は、冒険者ギルドの方へ向かった。
キャフとラドルは暇なので、フィカに付き合って捜索隊支部に向かう。
「変だな」
「何が?」
「捜索隊らしき人間や馬がない」
言われてみると、隣には馬舎があるが馬はいない。
「引き払ってんじゃないの?」
「分からんな」
とにかく中に入ると、受付らしき女性1人がいるだけで静かだ。
フィカは、受付嬢に向かって話しかけた。
何度かやり取りした後、急に
「何だって!!」
と珍しくフィカが、大声をあげた。
その声に、近くの長椅子に座っていたキャフとラドルも驚く。




