第029話 盲目の魔術師
前回のあらすじ
やべ、もしかして全滅?
「攻撃、終わったのか?」
さっきまで絶え間なく降り注いだ鍾乳石が、先を進むにつれてぱたっと止んだ。
「どうやら、そうらしい」
だがキャフも、確証ある訳では無い。
とにかく3人は先へと急ぐ。負傷したシドム達を見殺しにはできない。
このダンジョンの主を倒し、何とかしないと手遅れになる。
だがはやる気持ちとは裏腹に、3人に立ちはだかるのは狭く複雑な形状をした通路であった。足元も滑りやすく、おぼつかない。体をよじらせて何とか進むと、やがて、大広間と言うべき広大な空間にぶちあたる。もちろん、まだ鍾乳洞の中だ。だがラドルの灯す明かりが届かないほど、天井が高い。
そして壁として連なる鍾乳石の一つに、青白い顔の男が1人、浮かんでいた。
いや、実際は黒い魔導服なので男か女かも見分けがつかないし、浮遊しているのも鍾乳洞の闇が見せる錯覚かも知れない。だがその所作は、彼がここの主である事を知らしめていた。
「お前がボスか?」
声が反響する。
「……威勢が良いな。その声、魔導師キャフとお見受けするが」
「? なぜオレを知っている?」
「同類だよ。私も数年前まで、魔法協会に属していたのだ。アルジェオンの魔法使い達も、有名どころは知っている。モンスターと化してからは全ての交流を断ち切ったがね」
「なぜ、こんなダンジョンを作ったんだ?」
「知ってどうする?」
「あんたの粋興か? 他に意図があるのか?」
「……答えぬのも、一つの答えだ」
「あんたは誰だ?」
「死にゆく者に名乗っても、無意味だろう」
そう言って男は何やら詠唱を唱えた。
すると壁の一部が青白く光り、鍾乳石が再びキャフ達に目がけて飛んでくる。
「はにゃにゃ〜」
猫の素質を持つおかげで、ラドルは器用に避けられた。
フィカも、持ち前の運動神経で何とかしている。
防御力のないキャフは、後方で待機だ。
「数万年の蓄積が一瞬で消滅する。人間と同じで儚いものだな」
「ここで死ぬ気はねえけどな。やれ、ラドル!」
「ニャー!!」
畜魔石の力で、《ファイアボール》が放たれる。閉鎖空間で火をつけるのは危険だが、数発は大丈夫だろう。だがファイアボールの軌道はことごとく逸れ、魔術師に一つも当たらない。奴の側にある鍾乳石が、砕けただけである。
しかし、キャフ達の意図は別にあった。ラドルが攻撃する間にフィカがそっと岩場を登り、魔法使いのいる岩場へと近づく。そして無事上り終え、背後から襲おうとした、その時であった。
「キャアーー!!」
ドスン!!
あっけなくフィカが返り討ちにあい、魔法攻撃を受けて岩場から転落した。
「光を失った身に、闇の世界は明るい。お主らの、一ミリの動作すら見える」
「お前、目が見えないのか?」
今までの攻撃を思うと意外な言葉だった。
「ああ、魔法を酷使した結果だ。これでも私はな、国で一、二を争う魔法使いだった。それが、目が見えなくなった途端にお払い箱さ。精神も病み、辿り着いたのがここなのだ」
「そうか、でもあんたを倒さにゃ戻れないんでな。悪く思うなよ」
「どうぞ、できるなら」
そう言うと、魔法使いはラドル目がけて攻撃をしかけた。
青白い光が、ラドルを直撃する。
「ふニャニャ〜!!」
のけぞって倒れるラドルの背中を、キャフは慌てて抱きかかえた。
何とか立っていられるが、ダメージは相当なものだ。
「し、師匠,ごめんニャ……」
ラドルは、気を失いかけている。
かろうじて生きているが、魔法攻撃は出来そうにない。
(どうする?)
若いときなら、シールドで防ぎ《雷撃》をかませば、このレベルの魔法使いなら確実に倒せた。だが手持ちのカードが無い今は、格段に難易度が高い。
(くそ……)
とにかくもどかしい。魔法を発動できず頼れる仲間も手負いの今、キャフは焦りだけが先行して、うまい手段が何も思い浮かばなかった。ここで死ぬのかと、急に奈落の底へ落とされる感覚が全身を駆け巡る。
「魔導服も着てないが、キャフなら魔法攻撃できるのか?」
知ってか知らずか、魔法使いは更に挑発してくる。
「ちくしょー! テメー,ふざけんな!!!」
どうしようもなくなって怒りにかられたキャフは、思わずラドルの持つ魔法ステッキを一緒に握った。それは無意識で、日常的にしてきた魔法の発動だった。とにかく、何とかして事態を打開したかった。ただそれだけであった。
「《超雷撃》!!!」
駄目だろうと思いつつ、魔法を発動させる。
するとラドルの魔法ステッキが反応し、術式作動と魔法の発動が始まった。
「なに! 魔法出せるのか!」
今までに無い凄まじい光が、ラドルの魔法ステッキから放たれた。
だがラドルの魔法杖から飛び出た魔法は、雷撃ではなく、沢山の《氷矢》だった。
これは、《アイスボール》の究極系だ。
無数の氷矢が、目にも止まらぬ速さで魔法使い目がけ飛んで行く。
グサ!! ドスッ!!
「ウギャー!!」
魔法使いが悲鳴を上げ、顔が苦しげに歪む。ダメージを負ったようだ。
「流石はアースドラゴンを倒した英雄の魔法だな…… 一時退却としよう。覚えておくが良い。我が名はエスドワル。また会おう」
形勢不利と見たのか、魔法使いは風を巻き上げ、嵐に身を包んだ。
そしてその嵐が止んだ後、魔法使いは跡形も無く消えていた。
どうやら何処かへ去ったらしい。戦闘は終わった。