第230話 祝宴(後編) ※
前回のあらすじ
やっぱり、今の関係のままでグダグダになる。
それは、春の訪れを感じる暖かい日だった。
パーティーは、キャフ邸の庭でおこわなれる事になった。
誰か招待しようかとの話も出たけれど、こっちを呼んだらあっちもとか、こっちとあっちは仲悪いとかしがらみが面倒臭くなったので、どうせなら7人で騒ごうとなる。
学校ぐらいの広さがある豪邸だから、近所迷惑にもならない。
「で、何で僕が花嫁姿なんですか?」
6人目の花嫁となったマドレーが嘆いている。
ただ本人が嫌がる割には良く似合う。
女王の使いから特別公務と言われて馬車に乗ったのが、運の尽き。
中で身包み剥がされ、馬車から降りた時はもう立派な花嫁だった。
既にドレスを着終えて迎えに来た5人は、大喝采である。
「え? ルーラ女王も? 今日は何なんですか?」
馬車から下りてきて驚くマドレーに、ルーラは謝りつつも説明する。
「なんで僕が?」
「そう言うなって、こういうのは縁起物だからな」
「そうですニャ。日頃の慰労ですニャ」
キアナとラドルは慰めつつも、明らかに笑っていた。
「そういうもんですかね……」
マドレーは納得していないが、脱いだりもしない。
6人とも、思い思いの花嫁衣装だ。
時間をかけて作っただけあり、白を基調とするもののデザインが違う。
ちなみにマドレーはルーラの代役時に採寸されていた。
黒いタキシード姿のキャフは緊張か、所在なげでソワソワしている。
「はい、みなさーん、画を描いてもらうから、庭の噴水の前に移動願います」
進行役のシーマが、7人に声をかけた。
今日は記念にと、宮廷画家として有名なルフを呼んでいる。
齢70の老人だが、彼女たちの姿を一目見ると、
「Oh、グレイト! ワンダHOー!! ベリグーね!!!」
と興奮し始め、小一時間かけてラフスケッチを描き終えた。
絵の完成には、一年ぐらいかかるそうだ。
「どうせなら、ヌードも描いてもらいますか? ルフさん、裸婦画が得意なんですよ」
ブッ!!
ルーラの言葉に、思わずキャフは吹き出す。
「うわ、女王様、大胆だニャ〜」
「脱いだら凄そうですもんね。私も凄いですよ?」
「少し年取ったが、私も負けてないぞ」
「自分も、あっち方面には魅力的って言われるっすよ」
「い、いや、止めておこうぜ…… 王家のヌードって、聞いた事ねえし」
「そうですか? 父が個人的に集めてて、綺麗だなと思ったんですけど」
何か感覚がずれている女王様と乗り気な4人を、キャフは押し止めた。
ちなみに、マドレーは頭数に入ってない。
「じゃあ、パーティー始めますニャ〜」
「おっと、その前に儀式をやろうじゃないか」
いつの間にやら、執事のシーマが神父の格好をしている。
「キアナちゃん、やる気だニャ」
「やるんだったらな」
キアナは、悪戯っ子のように笑っていた。
一方シーマは、儀式に則って厳かに始める。
「では新郎キャフ、あなたはここにいる新婦達を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「ち、誓います」
5人がじっと見ているから、キャフは恥ずかしくて緊張した。
「では新婦の皆様、あなたはここにいるキャフを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「「「「「誓いまーす!!」」」」」
「いや、僕は……」
一人ブツブツ言っているが、誰も聞いてない。
「次に、指輪の交換を」
「え? 僕のもあるの?」
「何言ってんだ。あるわけ無いだろ」
キャフが、彼女達の薬指に指輪をはめて行く。
最後はキャフに、5人で指輪をはめる。
「それでは、誓いのキスを」
プロの執事だけあって、シーマは至って冷静だ。
「え、僕も?」
「いや、お前は良い」
皆からほっぺにチューの軽いキスをされ、満更でもないキャフである。
「これにて、皆様は晴れて夫婦となりました。この証明書にサインして下さい」
もちろん公式のものじゃない。
笑いながらサインした。
「はぁー、終わった終わった。じゃあ、食うか!」
「そうですね。画のモデルするために食べてないので腹ぺこです」
「わあ、美味しそうですね」
「酒も沢山あるな」
「昼間っから飲めるって良いな!」
庭に置かれたテーブルに、たくさんの料理が用意されていた。
シャンパンが注がれ、乾杯の準備が整う。
「では、乾杯の言葉も私が」
進行役のシーマが神父姿のままで立ち上がった。
「皆様ありがとうございました。一アルジェオン国民として、このような場に立ち会えることを嬉しく思います。ギム様からの要請を受けて始まったこの仕事ですが、今までで一番やりがいがありました。これからも、よろしくお願いします。では皆様の末永いご多幸とご発展を祈念して、乾杯!」
「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」
パクパクムシャムシャ、元気に食べて騒ぎ始める。
今までの思い出話で話題は尽きない。
小一時間ほど経った時、侍女達がワゴンを運んできた。
そこには沢山のクリームパイが並べられていた。
「何でこんなのあるんだ?」
「私ですニャ。私の村の伝統で、結婚式の時にはパイ投げをするニャよ。みんな、師匠を捕まえるニャ!」
「なにぃい!」
急な展開に驚いて逃げるが、あえなくフィカとキアナに捕獲される。
魔法も使えない中年オヤジに、逃げ場はない。
みんなでキャフを掴み、ラドルに差し出した。
ラドルはおっきなパイを持ち、ニャンとも楽しい顔をしている。
「じゃあ師匠! ……と見せかけて、ルーラ様ニャ!」
グシャ!
「え、きゃあ!!!」
まさかルーラは自分が犠牲になるとは思わず、ラドルのパイ攻撃の直撃を受けた。生地は取れたが顔はクリームで真っ白だ。とりあえず目と口の周りを落とす。
「更に真っ白になって可愛いニャ!! ふニャニャ」
「やったわねぇ。ほら!!」
「はニャっ!」
お返しにルーラが投げたパイは、ラドルに見事命中、こちらもクリームまみれだ。ラドルの一投にはじめ5人は凍りついたけれど、童心に帰ったように楽しむルーラ女王を見て安心した。彼女も、遊びたかったらしい。
「ほら、お前にもやるぞ」
ゴホ!
フィカが冷静に、掴んでいるキャフの顔にパイを押し付ける。
「ゲホ、ゲホ。おいおい。マジでやるのか?」
「こうなったら、やらなきゃ損だろ?」
「じゃあ、オレもやらせてもらうか」
といってフィカに挑むが簡単にかわされ、キャフには更にパイが上塗りされた。
「くそ〜」
「魔法杖持ってて、良かったです」
「あ、ミリナちゃん魔法は反則ニャ!」
「遠隔操作!」
ベシャ! グシャ!
ラドルの言うことを聞かないミリナは、パイを飛ばして6人に命中させる。
ここからはパイが乱れ飛び、誰彼構わず被害に遭う。
この日のために時間をかけて丹念に裁縫された花嫁ドレスは、すっかりパイ塗れだ。作った人に申し訳ない。でも彼女らは頓着せず、心ゆくまで楽しんでいた。
「はあ〜 疲れた。もうパイ無くなったニャ」
「皆様、一度体を洗ってお着替えして来てください」
これもパイの被害を受けた真っ白のシーマが、冷静に案内する。
「ああ、楽しかったニャ。じゃあ一度お風呂に入って着替えて、出直そうニャ」
「キャフ、お前も一緒に入るか?」
「え? オレ?」
「何言ってんですか。自分たち夫婦っしょ。合法だぞ」
「い、いや止めとくよ」
笑ってるフィカとキアナは、明らかに何か企んでいそうだ。
身の危険を感じたキャフは、丁重にお断りする。
夜のご馳走も豪勢だった。
「よっしゃ、初夜だ! 飲むぞ〜!!」
「おおぉ!!」
「かんぱぁーい!」
あれだけ飲み食いしても、まだ飲み足りないらしい。
昼間のテンションそのままで宴会が始まる。
真夜中まで、宴は続いた。
* * *
片付けもすっかり終わり寝静まった頃、キャフは部屋で旅支度をし始める。
(皆、ありがとよ)
もともと、こうするつもりであった。
もう魔法使いでない今、活躍の場は少ない。
グラファと共にした修行場近くで、余生を過ごす気になっていた。
夜明け前のまだ暗い中、静かに扉を開け出発した。
(浮遊魔法も、使えねえしな……)
普段魔法で出来ていたことも、もうできない。
不自由だろうが、殆どの人々はそうである。
だがお金はあるし何とかなるだろうと、前向きなキャフであった。
門に差し掛かる少し前、庭の木陰からガサッと音がする。
誰かが出てきた。




