第228話 魔法を使えない魔導師
前回のあらすじ
あれ? なんか違うぞ?
あれから二ヶ月経った。
キャフが部屋で静かに執筆中の時、バン! とドアが開くと、女医姿のミリナと看護師姿の3人が入ってきて、キャフを羽交い締めにする。
「キャフ師、来ましたよ〜 まだ魔法こじらせてるんですか? しょうがないなあ、私が治して上げます。はい、膝枕してあげまちゅよ〜 良い子にしてくだちゃいね〜」
ミリナは何故か赤ちゃん言葉で、有無を言わさずキャフを膝枕した。
念のためだが、4人ともそんな資格は持ってない。
(ウゥ、苦しい〜)
急な襲撃で対応できず、キャフはされるがままだ。
真上にある二つのスイカがキャフの顔を圧迫し、息ができない。
ミリナはそんなこと構わずキャフを押さえ込み、フィカやキアナも手足を掴む。ラドルはでっかい針で怪しげな液体入りの注射を持っていた。
「あれ〜 どこも悪いとこないでちゅね〜 もしかして、ここでちゅか?」
「うぐ〜!! や、やめろ!!」
ズボンを脱がされそうになり、非力なキャフも流石に抵抗して何とか脱出する。
勢い余ってひっくり返り、バタンと床に倒れ込む。
(ふう……)
「それでお前、本当にダメなのか?」
突然の災難を乗り越え息を整えているキャフに、フィカが尋ねた。
ミニスカートの看護師コスプレ姿だが、真剣な表情だ。
「……ああ、もうさっぱりだ」
……
その返答に、4人も黙りこくる。
気づいたのは、祝宴の後だった。
浮遊魔法で帰ろうと魔法杖の術式を起動したら、全く反応しない。
故障かと思って3回やり直したのに、うんともすんとも言わない。
仕方なくミリナに浮遊魔法をお願いしてキャフ邸に帰ったが、その後気になって幾つかの魔法を試したものの、どれも起動しなかった。
以前の封印は解かれている。
妙だと思って魔素を測定したら、示した値は0.1。
「さすがに0.1じゃ、無理だな……」
その後も状況は全く変わらない。
「ここはイデュワなんだから、良い医者いるんじゃないのか?」
「いやキアナ、魔法使い向けの医者なんて聞いたことないぞ」
「そう言うもんなのか……」
みな心配してくれて色んな療法を試してみたが、この値から魔素を増やす方法なんて誰も知らない。経験的に魔法を使えば増えるものの、殆ど無い魔素から増えた例はなかった。
「あれかな、シェスカさんに吸い取られたからかな」
キャフは苦笑いした。思い当たる節はそれしかない。
きっと《幸運の精霊》の復元力も、及ばなかったと思われる。あの小さな塊はルーラ女王の部屋に置かれているが、何か反応したという連絡は来なかった。
もう諦めて受け入れるしか無いのだろう。
「どうするんですか、キャフ師?」
「まあ、こうなったら魔導師廃業だな……」
「マジですか! 私はどうなるですかニャ?」
「安心しろ、就職先ぐらいは紹介してやる」
冒険も戦争も終わり、改めて各自の身の振り方が問題になった。
キアナやフィカは本来キャフ邸にいる必要はないけれど、居心地が良いらしくそのまま住み着いている。戦いが終わり軍も暇みたいだ。フィカはようやく兄のいる第七師団に入る決心がついたようで、この前申し込みをしていた。
ミリナは医学部受験を受けることにした。
ここで試験勉強をするつもりらしい。
ラドル達と一緒に寮に住めばいいし、キャフに断る理由はなかった。
騒がしい環境で集中できないのではと心配したが、一ヶ月足らずの勉強で、この前の模試は全国3位だった。心配する必要はないだろう。
ラドルは魔法使いとして十分な研鑽を積んだので、次の魔法学会で魔術師の資格を取るため、魔法実験の論文作成をしている。遊んでばかりにも見えるが冒険前に手をつけていた課題があるから、多分問題ないだろう。
憂いはキャフだけと言えた。
ただ魔法が使えないだけで、今のところ生活に支障はない。
「キャフ様、弟子入り志願の方が3名ほど来られましたが」
執事のシーマが入ってきてキャフに伝える。
「済まん、帰ってもらってくれ」
「分かりました」
最近は弟子入り志願の魔法使いも増え、こんな問い合わせが時々ある。
自分は魔法を出さず弟子に任せる魔導師もいるが、結構大変だ。
ラドルに任せるのも心許ない。
キャフの噂を聞きつけ、昔の弟子から戻りたいと連絡もあった。
だが裏切りを憶えているから受け入れに躊躇する。
冒険や戦争に明け暮れた頃より程度は低いが、悩みは尽きない。
「あれ、皆さんお揃いですか」
談笑している中に入ってきたのは、マドレーだった。
彼はルーラ女王の補佐官に復職し、これも復帰したタージェ評議員長と共に内政に携わる多忙の身だ。今日も議会からの帰りらしく、正装姿である。彼もたびたびキャフ邸に出入りしていた。
「どうした?」
「いえ、キャフさんの処遇が今日の議会で話題になりまして。学術会議の会員に推薦なんて話があるんですけど、どうですか?」
「いや、やめとく」
キャフは即答する。
学術会議は魔法協会に加え、武術協会などの様々な協会の上に君臨する名誉職だ。だが怪しい輩が多すぎて、キャフにはとても扱いきれなかった。
「まあ、そうでしょうね。じゃあ議会に伝えておきますよ」
マドレーは、キャフの反応を予期していたようだ。
「どうだ? その後は?」
「大変ですね。喉元過ぎればなんとやらで、また彼らが勢力を盛り返そうとしていますから。主義主張のぶつかり合いじゃなくて単なる利権争いだから、全くバカらしくなりますよ」
「だがお前しかできない仕事だろ」
「まあ確かに、できる人は思いつかないですね」
マドレーは相変わらず愚痴が多いが、やる事はソツなくこなしているので敵は少ない。
「これは何ですか?」
マドレーは、机の上にある原稿を見つけて聞いた。
「ああ、今回の顛末を記録に残そうかと思ってな」
「キャフ師の本ですか? またベストセラー間違いなしですね!」
「大金持ちですニャ!」
2人は目を輝かせた。
「いや、どうかな。耳の痛い本当の事ばかりしか書いてないからな。ネガキャンされて売れないだろう」
キャフは、お金を期待していなかった。それよりもこれからのアルジェオンを憂い、一人でも多く知って欲しいことを書くつもりだ。
「少なくとも記録庁には保管させてもらいますよ。このまえ議会の議事録を全て記録する案を通したんですが、そしたら元有名大学総長のお偉いさん、ダンマリですよ。今まで威勢良く喋ってたのに。バカってどうしようもないですね」
「やっぱり記録は大事だな。公正にしないと」
「ええ、改革はこれからです」
その日は久しぶりに皆で夕食をとり、盛り上がった。
しばらくは平穏な日々が続く
冬も近づいてきた、ある日のことだった。
「キャフ様、レスタノイア城から女王の侍女と名乗る者が来たのですが」
シーマがキャフの部屋に来て尋ねた。女王から何も連絡はなかったけれど、取り立てて急ぐ用事も無かったので通すように伝える。
「こんにちは、お久しぶりです」
現れたのは、侍女姿のルーラだった。




