第227話 最初で最後
前回のあらすじ
ルーラの方が、主人公っぽい。
「シェスカさん、死んだのか?」
キャフは、小さな塊となった《幸運の精霊》に尋ねた。
彼らは蘇生したばかりで、事情を知らない。
『そうだ、我が倒した。もう彼女はこの世界におらぬ』
「そうか……」
その言葉を聞き、キャフの胸中は複雑であった。
もちろんキャフも、彼女を殺す気でいた。
ただせめて最後は自分の手で、との思いも強かった。
とは言いつつ、本当に倒せる自信がなかったのも事実だ。
全ては終わったことだ。キャフは、肩の荷が下りる思いだった。
『ご苦労であった。今までのお前達の活躍がこの勝利を導いたのだ』
「最後は役立たずだったですけどニャ」
「おい、それ言うな」
おどけて言うラドルの言葉に、皆がツッコミを入れる。
やはり大難が去ったおかげで、緊張が解れていた。
『いや、我がここまで力を出せたのも、お前達のおかげだ。改めて礼を言う』
最後の力を振り絞って喋る《幸運の精霊》の言葉に和やかな雰囲気だった7人は再び真剣な面持ちに変わり、黙って耳を傾ける。
『もしかして、もうお別れなんですか?』
ミリナが思いきって聞く。
みんなもそれが気になっていた。
『ああ、流石にエネルギーを使い果たしたからな。ペリン山脈に戻ったアースドラゴンと同様、回復には百年以上かかる。だから君達と話せるのはこれが最初で最後だ』
「……ありがとうございました」
ルーラ女王が、深々とお辞儀をした。他の6人も最敬礼する。
「オレ達の力が至らなかったばかりに、済まない」
『いや、気にするな。我が力の源が全てのアルジェオン国民であったように、シェスカもクムールを体現していたと言える。お前達では敵わなかっただろう』
「そうか」
あの頃は若くて気付かなかったけれど、一緒に冒険者パーティーを組んでいた頃のシェスカはどこか憂いがあった。唯一の女性であり盗賊という職業故かと感じていたが、今にして思えば別の目的があったのだろう。
あの時早く気付いていたら、事態が変わっただろうか。
仮に気付いても、計画が変更されたとは思えない。
単にキャフが殺された可能性がある。
『もちろんこの国にも問題は沢山ある。褒められた人間ばかりではない。この国を嫌う人間もいる。どこにでもプラスとマイナスの存在はあるものだ』
「まあ、そうだな」
フィカが答える。彼女はこの国の様々な側面を見てきたのだろう。
それにキャフ達も、面倒臭い輩に散々煮湯を飲まされてきた。
清濁合わせ飲むのも器量と言うが、必要な器が大きすぎる。
『我が勝てたのは、この国を護りたい者達の想いが優ったおかげだ。奸臣共が増えて民が国を見捨てれば、やがて歴史の波に飲まれてこの国も滅びる。ルーラ、今のアルジェオンは全てお主の心持ち次第だ』
「はい」
凛として返事するルーラは、その責を受け入れていた。迷いはない。
『もちろん、ルーラ一人だけではない。お主達もルーラを助け、国を伸ばす力がある。愚者に支配される罰を受けるぐらいなら、お主達が役割を果たせ』
「ああ」
「もちろんです」
「そうだな」
「はいですニャ」
「分かりました」
「めんど臭いけどな」
この戦いを通じて、みんな大きく成長した。
能力を生かす機会は幾らでもあるだろう。
『いい返事だ』
《幸運の精霊》も、キャフ達の姿に満足しているようだ。
やがて《幸運の精霊》の光が、弱くなり始める。
「大丈夫ニャ?」
『……そろそろ、お別れのようだな』
その言葉に、7人は鎮痛な面持ちになる。
『案ずるな。万物は流転する。きっとまた別な形でお前たちの子孫と会うだろう。もちろん我がアルジェオンを見限る可能性もあるがな』
「そうならないように、気をつけるぜ」
『ああ、精進せい。では、……さ……ら……ば……じゃ……』
《幸運の精霊》であった塊から光が消え、何も反応しなくなった。
……
「さあ、しんみりしても仕方ないし、お茶でもしてゆっくりしましょうか?」
場の空気を変えるために、ルーラが提案をする。
他の6人も気分を切り替えたかった。
「さすがルーラ様、賛成ニャ!」
「そうですね、もう戦争の恐れはないし、ゆっくり飲みたいです」
「じゃあ、メイド達を呼びましょうか」
ルーラ女王がそう言って呼び鈴を鳴らすと、やってきたのは執事であった。
「あら、ガンヌ。私はお茶会をしたかったのだけれど?」
「女王様。朝の騒動で民衆たちが広場に大勢集まっております」
7人は緊張する。朝の騒ぎで、不安になったのかもしれない。
「なぜですか? 暴動が起きたのですか?」
「いえ、その逆です。女王様をお祝いしたく皆が集まってきたのです」
執事の言葉に皆は安堵した。
「だから女王様に来て頂きたいのです。よろしいでしょうか」
「分かりました。着替えも必要でしょう。メイド達を呼んでください」
「はっ」
許可ではなく懇願、あるいは命令の口調に、ルーラ女王は従わざるを得なかった。
「皆さんも一緒に行きましょう」
「え、良いのか? オレ達お尋ねものだぞ?」
「もう、大丈夫です。私の名の下に、そんな事はさせません」
準備も整い部屋を出る。
城内にはリル皇子派の人間も多いが、6人を咎める者はいなかった。
「バルコニーの方へどうぞ」
執事に導かれて、広場を一望できるバルコニーに出る。
既に、広場の端の方まで満杯だ。
だが民衆は不安なのか、黙って様子を伺っている。
彼らの放つ圧力に、7人は圧倒された。
「僕の作ったマイク、ある?」
マドレーが執事に聞く。
「ええ、勿論です。きっと必要と思い、セットさせました」
そう言って執事はルーラ女王に、マイクを渡した。
「流石だね」
マドレーは、彼の仕事ぶりに感心する。
ルーラは大きく深呼吸すると、勇気を出して第一声を発した。
「皆様、心配させて済みませんでした。今朝の戦いで、クムールの脅威は去りました!!」
わぁああ!!!
ルーラ様〜!!!!
広場の端まで届く、綺麗な声だ。
ずっと待っていたその言葉に民衆は狂喜乱舞し、一気にヒートアップした。
「もう、災いは取り払われました。我がアルジェオンの勝利です! 今まで、ありがとうございました。今日はこの勝利を祝ってください!!」
ドドーン!!
急ごしらえで持ってきた大砲が、タイミングよく祝砲を打ち上げる。
うぉおおおお!!!!
アルジェオン、ばんざ〜い!!!!!
あちこちから万歳三唱が聞こえる。もう、《雷の方舟》も来ない。
ルーラは感無量であった。
そのまま広場では、宴が始まった。
城内の食糧庫からありったけの食材を出し、城付きのコックが料理をふるまう。
お酒も沢山入ってどんちゃん騒ぎは夜中じゅう続き、翌日は祝日となった。
* * *
一方帝都シュトロバルでは、伝令の言葉に誰もが嘆き悲しんだ。
「シャルロッテ叔母さんが死んだか……」
「はい。鬼武将軍ジクリート様と魔導将軍イシュト様もです」
その報を聞き、皇帝ラインリッヒ三世は黙って席を立ち玉座を離れた。
後日正式な使節がアルジェオンを訪れ、講和が結ばれる。
こうして戦争は終わった。
* * *
戦争前の日常が、再び始まろうとしている。
死ぬ不安に怯えていた民に笑顔が戻り、誰もが希望に満ち溢れていた。
みな以前と変わらぬ生活を送れるようになった。
だが一つだけ、変わったことがある。
キャフが、魔法を使えなくなった。




