第226話 終焉
前回のあらすじ
主人公達、まだ死んだまま。
熊の藁人形に巻き付いた凍つく闇の光は、熊の藁人形が纏う柔和で無垢な光を吸い込んでいく。
熊の藁人形は少しずつ縮んでいった。
今や異形の悪魔と化したシェスカは、貪欲に魔素を取り込む怪物となっている。
広場周辺に何事かと集まって来た民衆達を、近衛兵達が押し留めていた。
だが巨大なシェスカが民衆達に顔を向けた途端、恐れをなして逃げて行く。
早朝のイデュワは、大混乱に陥った。
こいつが本気で暴れるとイデュワの街が粉々になる。
熊の藁人形は目からレーザーを発し、かろうじてシェスカの動きを封じ込めた。
「大丈夫ですか? 幸運の精霊様?」
ルーラは潰されないように気を付けながら、熊の藁人形を気遣った。
「ありがとう、大丈夫だ。だがそうだな、少し手伝ってもらえるだろうか」
「はい! 喜んで!!」
快諾するルーラに、熊の藁人形は白い光を浴びせる。
するとルーラは宙に浮き、熊の藁人形の中に取り込まれた。
「え? ここはどこですか?」
突然の展開にルーラは戸惑っていた。
熊の藁人形内部でも、宙に浮いたままだ。
外の風景が見え、目の前にはシェスカだった化け物がいた。
鬼のように凄まじい形相でこちらを睨み付ける姿に、ルーラは震える。
『ここは私の中だ。外の様子が見えるけれど防御壁があるから安心して良い』
熊の藁人形の声で冷静に周りを見渡すルーラだが、どうして良いか分からない。
「わ、私は何をすれば良いのですか?」
役に立てればと咄嗟に出た言葉だが、まさか熊の藁人形の中に入るとは思わず面食らうルーラである。
『あいつを倒せるチャンスの時に声をかける。その時まで待ってくれ』
「分かりました」
再び熊の藁人形とシェスカの戦闘が始まった。
ルーラ女王との合体が力を与えたのか、白い光に勢いが戻って熊の藁人形の体が少し大きくなる。熊の藁人形が集中して四方八方に光を発すると、巻きついていた暗黒の光が次々と切れて消え去った。
グァアォオオオ!!!!!
シェスカだった化け物が、再び熊の藁人形むけて突進してくる。
熊の藁人形は殴り返して、はり倒す。
ドッシィイイン!!!
この巨体での肉弾戦は、地震のように地面が激しく揺れた。
ルーラのいる空間も揺れるが、今怯えても仕方がない。
グァアアン!!!
ガキィ!!
熱闘が、しばらく続く。
幸い、広場なので被害は少なかった。
シェスカは奇声を上げながら、熊の藁人形に襲いかかる。
大量の髪の毛に囲まれて、本体が見える瞬間は限られた。おそらく熊の藁人形は本体が見えるまでダメージを与え、最後の一撃をルーラにお願いするつもりなのだろう。
最初は優勢に見えたシェスカも、時と共にダメージが蓄積してくる。
漆黒の光が削り取られ、本体の一部が露わになってきた。
突如、ルーラの傍に大きな弓矢が現れる。
『そろそろだ。あれに的を絞って弓を引いてくれ。タイミングはこちらが指示する』
「分かりました」
武芸で習ったことはあるが、使いこなせるほどではない。
恐る恐る構えてみると、意外としっくりくる。
大丈夫そうだ。
目の前に見えるシェスカは、必死の形相をしている。
お茶を飲む時にあった気品は、最早欠片もなかった。
(あれは、私かもしれない……)
彼女の姿を見て、ルーラは思った。
一族再興のために人生の全てをかけてきたシェスカ——
ルーラ女王も立場は似ている。
アルジェオンも大小様々な問題を抱え、褒められたものではない。
国全体が貧困に陥っていない分、彼女たちより悩みは少ないと言える。
だが一歩間違えば、明日は我が身だ。
もし今のクムールに生まれたら、自分は彼女のように身を捧げたのだろうか? どんな逆境や苦難も乗り越え、使命を果たせただろうか?
ルーラは、その問いに答えられなかった。
クムール人に生まれなくて良かった、などと下卑た考えはない。
憐憫の情が湧いている訳でもない。
常に紙一重なのだ。歴史がそれを物語っている。
(ここで自分が倒しても、クムールの恨みが子孫に残るだけだろう)
その事実がルーラを憂鬱にさせるが、だからといって同情はできない。
国を背負うなら、強くあらねばならない。
誰もが乗り越えるべき道である。
『今だ。頼む!』
「はい!」
迷いはなかった。
ルーラは無心に構え、弓を引いた。
まるで自分を射るかの如く、矢が放たれる。
!
白く輝く矢は、シェスカの眉間に突き刺さった。
ギャァアアアア!!!!!
断末魔の雄叫びが、イデュワ中に響き渡る。
その声を聞いたものは、寝ていた者は飛び起き、起きていたものは気絶するほどであった。
黒塊となったシェスカは膨張し、崩壊し始める。
これまでと悟ったシェスカは、最後の力を振り絞り熊の藁人形に向かう。
熊の藁人形も負けじと、白い光を輝かせた。
!!!!!
白と黒の光が激しくぶつかり合ってビッグバンのような大爆発を起こし、全てが弾け飛んだ。
……
2人が消滅した後に残されたのは、倒れたルーラ女王だけだった。
(はっ)
意識を取り戻したルーラは、立ち上がって周りを見渡す。
「幸運の精霊様?」
先ほどまでいた巨大な熊の藁人形は、影も形もない。
ルーラは不安になる。
もしかして、相討ちで消滅したのかも知れない。
『る、ルーラ……』
遠くで、小さな声が聞こえた。
良かった。まだ生きているようだ。
「熊の藁人形様?」
か細い声を頼りに、ルーラは必死に探し始める。
すると生垣の下に、小さな塊となった熊の藁人形を見つけた。
「熊の藁人形様!!」
変わり果てた姿となった熊の藁人形を、ルーラは抱きしめた。
『あやつも中々やりおった。敵ながらあっぱれ』
「彼女はどうなったのですか?」
『もう、この世からは消え去った。未来永劫あやつが現れることはない』
「ありがとうございます!」
ルーラ女王が感謝の言葉を述べると、熊の藁人形は微かに反応する。
アルジェオンの危機はひとまず去った。
幾ら感謝してもしきれない。
『もう一仕事残っとるな。お主の部屋へ連れて行ってくれ』
「はい」
近衛兵たちがルーラ女王の姿を認め、駆け寄ってくる。事情を話し広場の後片付けを命じた後、ルーラはそのまま自分の寝室へと向かった。民衆達も集まり、皆で作業をし始めている。
幸いあの激しい戦闘でも、ルーラの部屋は崩れてなかった。
隣の部屋に入ると、まだ眠っているかのように6人が横たわっている。
『さすがのわしでも、6人はキツイな。頑張るか』
苦笑いしたように言うと、その小さい塊から虹色の光が6人に注がれる。
……
…………
「う、うう……」
「キャフ様!!」
ルーラが感激する間に、他の5人も動き始める。
キャフ、マドレー、フィカ、ラドル、ミリナ、キアナ。
全員無事だ。
「オレ達は、どうしてたんだ?」
「何か、シェスカさんに殺された記憶があるですけどニャ」
「はい、そうなんです。それを、この《幸運の精霊》様が復活させてくださったのです」
「この塊が?」
「元は、あの熊さんの人形だったんですよ」
「え、あれが?」
6人は、驚いていた。
『お前ら、良くやった。アルジェオンの平和は守られたぞ』
塊から声が聞こえた。




