第225話 決闘
前回のあらすじ
伏線回収。予想が当たった人は、いるかな?
「殺してやる——!!」
ドラゴンスレイヤーで何度斬り付けても効かないと分かると、半狂乱のシェスカは熊の藁人形目掛け突進し、組み伏せ首を捻じ上げる。
だが呼吸していないのだから、苦しむ様子もない。
手当たり次第に藁をむしり取るけれど、動きは変わらない。
シェスカを嘲笑うかのように、熊の藁人形は起き上がり、瞬時に元に戻る。
「くそっ! 燃やしてやる!!」
再びドラゴンスレイヤーを振りかざして炎をぶつけるが、効果はない。斬れない物は無いと言われるドラゴンスレイヤーであっても、即修復されたら全くの徒労である。
「だから意味ねえって。もうちょっと学習しろ」
熊の藁人形は、無表情で諭す。
その挑発的な言葉に、シェスカはさらに怒りを爆発させる。
「クソォお!!! この野郎ぉ!!」
一族の悲願、全人生をかけ追い求めていた幸運のアイテムが自分を拒絶する。
やり場のない怒りをぶつけるため、シェスカは殴りかかった。
すると熊の藁人形は、反撃のパンチを繰り出す。
パンチは見事シェスカのみぞおちに入る。
グホッ!! ウウゥ……
熊の藁人形渾身のパンチで呼吸が止まったシェスカは、床に倒れ込んでうめく。
「藁もな、編み方次第で強くなるんだ。覚えておけ」
「こ、こぉろしてやるぅ……」
執念を見せるシェスカに、熊の藁人形は冷たかった。
でも精神力の強さ故かシェスカはヨロヨロと立ち上がり、再び挑む。
シェスカの目は、死んではいない。
しかし尽く攻撃の目を封じられ、熊の藁人形にやられるがままだ。
ボコ! ドゴッ!! ドスッ!!
熊の藁人形は凄まじいラッシュを浴びせ、パンチが次々とヒットする。
動きが鈍るシェスカは白い肌が見る間に痣だらけなり、顔も腫れ上がった。
こんなサンドバック状態に遭っても、シェスカの闘争本能は消えるどころか激しく燃え上がる。熊の藁人形に負けじと、隙を見てパンチを繰り出す。しかしリーチの差で届かない。
「往生際が悪いな。だが嫌いじゃない」
そう言って、熊の藁人形は付き合うように殴り合う。
もう夜も遅いが、熊の藁人形とシェスカには関係なかった。
だが傍らで観戦するルーラの疲労は激しい。6人の遺体もあるから尚更だ。
眠れず辛そうなルーラに、熊の藁人形はようやく気付く。
「おお、気を遣わずに済まなかった。闘いの場を変えようかの。朝までには戻る、キャフ達も何とかするから、メイドに命じて大事にしておけ」
「ありがとうございます! 幸運の精霊様!! よろしくお願いします!!!」
深々とお辞儀するルーラに手を振りつつ、熊の藁人形はルーラを襲おうともがくシェスカと共に、異空間へと旅立った。
* * *
2人が降り立った地は、心安らぐ神々しい光に包まれていた。
シェスカだけはどす黒い光を纏い、異彩を放っている。
「ここは? お前の異空間か?」
「左様。地上よりも制約は少ない。お主も存分に闘うが良い」
あくまで格下に接する態度である熊の藁人形の言葉は、シェスカを侮辱するに十分であった。この空間であれば魔素のおかげで回復も早い。
先程のサンドバック状態から体力が戻るとドラゴンスレイヤーを握りしめ、改めて熊の藁人形に立ち向かっていく。
「うぉりゃぁああああ!!!!!」
グサッ!!
シェスカはドラゴンスレイヤーを振りかざし、熊の藁人形を斬りつけた。
ここならばと期待したが、幾ら斬りつけても熊の藁人形にダメージは与えられないのは先ほどと変わりなかった。
(どこかに急所があるのか?)
シェスカは熊の藁人形の動きを見ながら、斬り付けていく。
それでも熊の藁人形に動揺する様子は見られない。
「無駄じゃ。それでは斬れぬ」
ひたすら無駄な足掻きを繰り返すシェスカを見て、熊の藁人形は憐憫の情すら抱き始めていた。
「天使の怒り!!!」
柔らかい光が急激に敵意を持って、シェスカに襲いかかる。
「きゃぁあああ!!!!」
かなりのダメージを受け、シェスカは倒れ込んでしばらく動けない。
「哀れな女子よ。その力を別な方向に使えば一族も真っ当になれたものを」
「私はこの為に生きてきた。これしかやり方を知らない! 今更変えられないよ!!」
再び立ち上がるシェスカ。
冷静で人を喰った態度のシェスカは、もういなかった。
人知れず溜めてきた感情が、ここに至って大爆発する。
「そうなのであろうな。お主に敬意を表し、我が本来の姿を見せてやろう。冥途の土産にするが良い」
藁人形であったそれは柔らかく清らかな聖なる光に包まれ、形を変えていく。
そして天使のような姿に変貌を遂げた。
「これが、あなた様本来のお姿ですか……」
「まあな。別に誰か一人ではない。アルジェオンの民と共に笑い、共に泣いて苦労してきた結晶だ」
その存在に、改めてシェスカは畏敬の念を抱く。
だが自分の手には入らない、残酷な現実であった。
(自分たちは、選ばれなかった……)
シェスカの頬を涙がつたう。
「諦めろ」
《幸運の妖精》の言葉は、死刑宣告に等しかった。
「うわぁああああああああ!!!!!!!!!!!」
シェスカは絶叫すると、漆黒の光に包まれておぞましい姿へと変貌し始める。
「いかん、魔素に取り込まれとる!」
《幸運の妖精》の危惧は、現実になりつつあった。
「全て滅びろ!!! みんな死んじゃぇえ!!」
《幸運の妖精》も取り込まれそうなほど、暗黒の光が広がった。
その光は、空間の壁すら破壊する。
* * *
ガガガガガっ!!!!
ガラガラガラガラ!!!
早朝、激しい揺れでルーラは目を覚ました。
アルジェオンでは滅多に起きない、地震のようだ。
強い衝撃で、棚に置かれた食器や花瓶や諸々の調度品が、ボロボロと落ちてくる。あの後メイドに命じてキャフ達の遺体は隣の部屋に保管してあった。簡単に着替えを済ませると彼らの無事を確認し、ルーラは広場に出た。
そこにいたのは、超巨大化した熊の藁人形と異形の化け物であった。
レスタノイア城ぐらいの高さまである、悪魔のような怪物だ。
経緯からシェスカであろうとは思われるが、もはや人間の形を留めていない。
漆黒の光が髪の毛から無数に発せられ、熊の藁人形に巻きつく。
闘いは、まだ終わっていなかった。




